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これは反対か!?宇宙意識の変化が速いから地球上の人類の意識が早く変化して行ってるから古い意識が崩壊して行ってるんだったね!!
そのスピードがやたら速い!!
そのためか自然界の自然現象の変化も早いんでしょうか、気候現象も安定しませんね
人類の意識においては自分の意識に気づかず、他人の意識はスルーするという事に慣れ過ぎて来たのか、常識が変化して行ってるのにも気づかずジェネレーションギャップにも疎くなっているという (^^;)
ある意味わがままに身勝手に生きている事にも慣れてきているという。
そして、何かあると自分以外のせいにしたりして現実逃避へ走るという、昔でいうなら痴呆症。
世離れ……魂が生きる事を放棄している状態。
それもまたある意味幸せだよという人もいる、
当人は何も分からないから幸せボケかも知れないけど、周りはたまったもんじゃないですよね。
せんぞ旦那さんのために尽くして子供のために尽くして、老後になって痴呆症や中途半端な認知症の旦那さんと暮らすのは大変です (>_<)
いっその事死んでくれた方が良いわと思っているやろうに、思う事も許されず、耐えている昭和の妻。
まあ反対もありでしょうが、
現代では少子化で女は子供を産むのが当然の様に言われていて、
結婚もそれ以前に当然の様にそんな少子化に政治家や世間は四苦八苦しているけど、税金集めと言われても仕方ないほどで、
そもそもは何なんでしょうね、
私も昭和の人間、結婚とは嫁に入って「嫁ぐ事」といわれ、嫁いで償いに行くのだとある宗教家にいわれ、そうなんだとどう償っていくのか考えながらの結婚生活が始まったけど。
そのうち、償う事は自身が変わる事、自分が変わらなければいけないという考えに至り、自己啓発を始めたり。
そのうち、もっと価値観や概念も変わって行って、最終、性格も考えも変わらないと豪語する旦那を手放したという
私の人生60年はめまぐるしく変化していった。
多分もう少し先の未来に生まれた方が生きやすかったかも知れないと考えたりする。
もっと世の中や社会が変化してから生まれてきた方が良かったかもって。
まあかと言って、令和に生まれてたらもっと生きにくかったかも知れない。
個人と社会のギャップに苦しめられるという。
私は、その速さの中で、個人の個、パーソナルな部分やパーソナルスペースが無くなって行くのは生きている意味がないと気づいた。
魂を生きると気づいたりもした。
感情も心も価値観も全て自分のパーソナルな部分。
自分の意識が変わるのは良かったことだけど、
相手がいる事は大切だけど、
自分のためだと思っている。
人に思いやりをもって接するのも人のためでもあるけど、まわり回って自分のためでもある。
結婚という契約や、届けを出したという法律だけに縛られるのも大変な事だな。
何かに縛られているから何かに縛られるんですよね。
縛っているのは全て自分なんだろうけど、
世の中の縛りももっと早く変化して行ったら縛られる人間も減るやろうに。
そうなった方が結婚も自由に考えられるとか、
子供ももっと気楽に産もうと思えるかも。
ただ楽しい家庭とか歓びの家族を作るという意識だけで考えられるしね。
今の世の中、個人のマナーが崩壊するたびにルールや縛りがきつくなっているようで、どんどん凄く厳しい世の中へ変化している気がする。
楽しい事しているようで、心を縛っているような。
痴呆症であっても、世の中から離れたようで、生きる事を放棄したようでも心はきつく縛られてるんやろうなと、ふと思う。
その本質を理解することが出来たなら自分自身は痴呆症とは無縁で魂を生きる事を選択するんだろう。
老々介護は傍で見てても切ないというか、
その魂が虚しささえ感じる。
せっかく肉体という器を与えてもらったのに、虚しい空虚感。
昭和時代を生きた魂が早く解放されると良いなと思ったりする。
それは、先日来ていた娘が飼っているゴンちゃんを見ていてふと感じた事でもある。
私の中ではペットのゴンちゃんと人間がリンクしてた……。
ペットだと見ると可愛いけど、人間だと虚しい。
人類が生命の樹を生きるという真理はどうなっているんだろう……。
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