依存って!
よく耳にするには、
アルコール、ギャンブル、薬物、買い物、ネットやスマホ、人依存といった表面的によくわかるような依存を思い浮かべます
言葉の字の意味を読むと、「依」は、、、寄りかかる、頼みにする、よる、そのまま、もとのまま、はっきりしない、ぼんやりしている
こんな意味を含み
「存」は、、、ある、いる、生きている、たもつ、ながらえる、もっている、あらしめる、とう、いたわる、ぞんじる、思う、考える、心得る、でした
言葉の意味からすると、心の現わればかり
第三者からすると見てて気づく事ばかりだけど、
当の本人は気づくには大分時間を要し、気づいた時にはもう既に病むほどになっている
私なんかでもこうしてブログを書いているけど
思想的な事を綴っていると、それが綺麗ごとばかりなのか、その自分の言葉や考えに依存していないか客観的であるかという事に意識をもってやっているつもりだけど
人間の弱さで、つい知らないうちにという事になるので注意は必要ですよね
言葉や思いに依存しないように
今回世間を騒がしている「あおり運転」の宮崎容疑者の件でも、あの喜本という女性との間には「共依存」の関係で繋がっているとある人が言っていた
二人の間で上下や支配や征服や善悪とかいろんな事が成立している
周りと違おうが、その世界だけで成立させている
こんな事でもふたりの世界だけでずっとおれば知らないうちにそうなってしまうんでしょう
知らないうちってヤバいよね
人にも依存しない
世の中にも依存しない
そうは言っても、どれもこれも要は「心」
心が狭くなったり、心を塞いだり、その上、その中の空洞を何かで埋めようとしてしまう
心のぽっかり空いたところに、埋めていくものであれば何でも埋めて
ちょっと世界を広げる事を意識してみれば
ちょっと世界の扉を開けてみれば
愛で埋めることが出来れば
そこら中に愛は存在しているのに
依存って
自分の世界が小さいだけで、塞いでいるだけで、
もっと広いのになぁ
自分の心を開けばいいだけ、広げるだけ
開けば出せるし、取り込むことも出来る
見えない世界には愛だけがいっぱい
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