雑感録

When I’m sixty-four PART2 阿曇族ゆかりの地【なるほど】

志賀島が阿曇族発祥の地として有名で、久留米の安徳天皇ゆかりの「水天宮」も阿曇族と関わりがありそうだとは思ってたけど、大川に「風浪宮」というお宮があって、こちらも阿曇族由来の神社だとは知らなかった。

順を追って説明すると、国宝・金印が発見された場所・志賀島にある「志賀海神社」は、旧地名の筑前国糟屋郡阿曇郷・志珂郷(現住所:福岡市東区志賀島)にあって、御祭神は綿津見三神。阿曇族の始祖・阿曇磯良(あずみのいそら)が表津宮・仲津宮・沖津宮の三社だった元宮を現在地の志賀島の根元に遷宮したのが始まりだとか。

大川の「 風浪宮(おふろうさん)」は創建が西暦192年と伝えられ、神功皇后ゆかりの神社。
志賀海神社と対比されて、有明海における海人の根拠地だったと云われる。
初代神主・磯良丸の塚(支石墓)があって、隣には神功皇后の水軍の長だった阿曇磯良丸が祀られているという。

もう一つ、久留米の「 水天宮」は筑後川の河口近くという場所柄で言えば、661(斉明5)年の第四回遣唐使の際(朝倉橘広庭宮遷都の時期に帰国)に立ち寄ってても不思議じゃないんだけど、水天宮の創建(鎌倉時代)よりも半世紀も前の話なので、これは無理。
平家の落人伝説が残り、御祭神は綿津見三神で、相殿(あいでん)御祭神は息長垂女命(おきながたらしめのみこと)、住吉大神、高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)ということらしい。

今度、免許を取ったばかりの長男の運転で、筑後宮宮(風浪宮&水天宮)ツアーを敢行するとしよう。

水天宮/櫛田神社/風浪宮(ディアゴスティーニの日本の神社シリーズ:単に福岡県の神社を並べただけで、水天宮と風浪宮の関係など考察はなし)


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