つらつら日暮らし

釈尊による初転法輪(拝啓 平田篤胤先生24)

さて、前回の記事から、『出定笑語』(全4巻)の第2巻に入っている。そして、前回は国学者・平田篤胤(1776~1843)による釈尊成道評を紹介したわけだが、成道した釈尊は続いて、初転法輪に進む。今回はそんな話の筈だが、篤胤は意外なところで引っかかる。それは、実際の本文を見ながら紹介しよう。

斯で彼石上を起て山を下り、彼車匿憍陳如が輩五人のおつたる波羅奈国に来ると、かの五人の者は悉多が食を受け食たる事を知りおるによつて、互に語り合には、「瞿曇、苦行を棄て、飲食の楽を受く。志す所、獲ず。今、既に此に来る。我等、須らく起て之を迎えざるなり。亦た礼敬を作すこと勿れ」、と云合せて各々もく然としておつたが、さすがそこへきてはさうもならず、かれこれと世話やいたと云事でござる。
     『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』54頁、漢字などは現在通用のものに改める


これは、釈尊が初転法輪の相手となる、五比丘に対して会いに行った時のことを指している。この五比丘とは以下の通りである。

五比丘とは、謂わく阿若憍陳如、摩訶男、頞鞞比丘、婆提、婆敷なり。此の五、仏、初めて出家し、雪山にて修道するに、父王、憶恋す、遂に彼を召して往きて親近し承事せしむ。
    長水沙門子璿『首楞厳義疏注経』巻第一之一


中国で編まれた註釈書からではあるが、陳如尊者を始めとした5人は、釈尊の父王(浄飯王)が遣わした者だという位置付けがされる。そして、この者達は、苦行を自分から諦めてしまった釈尊に対して、自分たちとは異なる道に行ったと思ったのか、先に挙げたように、自分たちの元に来ても「迎えない」ようにしようと申し合わせたのであった。なお、先の『出定笑語』で引いているのは、おそらく『釈迦譜』からの引用だと思われる。

ただし、5人の比丘達は、図らずも釈尊に礼拝してしまったという説もあるし、篤胤などは以下のように指摘している。

其時悉多はかの神通を以て、早くかの五人の者の意お悟り、汝ら申合せて我を迎へまいと約束したがなぜに其申あはせたる言にたがつて斯取はやすぞと云た所が、五人が大きに驚、各面を見あはせ手持ぶさたに前に進み、瞿曇行道疲倦無きことを得んや、といつたれば、悉多がいふには、汝ら無上尊たる我に対し憍慢の情を以て姓を呼で瞿曇と云たが不埒なことじや、子、父母の名を称する、世傲の中に於て尚、可とせずと、まして我は是成道して、一切の父母と有物を姓を称事相すまず、汝ら自ら悪報を招くで有んと厳く叱りつけたでござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』54~55頁


こちらは、やはり『釈迦譜』の文章を訓読したものである。つまり、これは、釈尊に対して五比丘が、「瞿曇」と呼んだところ、それに対して叱りつけたという話である。「瞿曇(くどん、ガウタマ、ゴータマ)」とは、釈尊の「姓」であるとされる。よって、仏陀となった自分に対し、姓で呼ぶのはけしからんということになるわけだが、篤胤はこの辺に疑義を呈している。

此しかりつける事は山から出て来て手始のこと故、かやうにまづ人の己れを軽んずる情をおさへんが為に、けんのむねおくれたので尤なことじやが、此姓を云たる事を咎めたと云のは、是は諸越の是を翻訳する法師がからの事によりて加へたことでござる。姓をいふを無礼とすることは、天竺にはない事でござる。もろもろの仏経にかやうの事が多く有から気をつけて見るがよいでござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』55頁


結局、初転法輪に入りそうで、中々入らないのは、篤胤がこのように、仏経や、その訳し方などに苦言を言いたいからである。つまり、釈尊が、姓で呼ばれて叱ったというのは、諸越(もろこし=唐土)の法師が加えた、「からの事(空言)」だという。しかし、『過去現在因果経』でもほぼ同じ文章だったので、篤胤が何を根拠にこれをいっているのか、ちょっと分からない。

とはいえ、『転法輪経』という、初転法輪を扱った経典があるが、それは既に五比丘に対して話しかけるところから始まっている。つまり、ここで篤胤が扱ったように、五比丘と会うところから始まると、そこに人間模様があるのである。

【参考文献】
・鷲尾順敬編『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』(東方書院・日本思想闘諍史料、昭和5[1930]年)
・宝松岩雄編『平田翁講演集』(法文館書店、大正2[1913]年)
・平田篤胤講演『出定笑語(本編4冊・附録3冊)』版本・刊記無し

仏教 - ブログ村ハッシュタグ
#仏教
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「仏教・禅宗・曹洞宗」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事