つらつら日暮らし

「請知事法」と「入寺式」について

現在、我々が一般的に「入寺式」と呼ぶ作法は、『行持軌範』では「請首座法」という。しかし、その制定には紆余曲折があったことが知られる。

 入寺式の事は、固より諸清規に無き者なり、宗内に中古以来一会結制等に於て首座の為に安下処を設けて入寺すること、恰も住持の晋山に類似するもの、其の何の理由たるを知らず、弊の甚きなり。
 按ずるに現今結制の首座は、諸清規に称する処の首座と其名同ふして其実を異にす。今の首座は三出世の初級にして一種特別の任職と成れり。故に請首座亦特別ならざる可らず。
 勅修に立僧首座を請する法名徳首座を請する法あれども、今時の用に適せず。禅苑に諸知事・請頭首法あり、勅修に両序進退法あり。僧規・小規は其の全文を採り、又は之を演べ書にせし等皆な今時請首座の法に適せざるのみならず、行礼煩に過ぎ、前後錯雑して穏当ならず。
 依て今は禅苑・勅修を本拠として順序を改正し、現に行はるべきの式を創定す。
    『洞上行持軌範』巻中・17丁表、カナをかなにするなど見易く改めた


具体的には、以上の通りなのだが、要するに首座を拝請する儀式は存在したが、今時に用いるものとは不適切とし、そのため、『禅苑清規』の「請知事法」・「請頭首法」、『勅修百丈清規』の「両序進退法」が見られるが、これらは全て行礼が煩瑣に過ぎ、それらに基づいて順序を改正し、「入寺式」を制定したという。これは、明治期に制定された「請首座法」は、大概、その後の「首座法座(法戦式)」とセットになっているのだが、両方とも曹洞宗が中世以降に、独自に現場レベルで行ってきた法要・作法のため、中国以来の古清規に典拠を求められないのである。

ところで、この意義について、実際の文献でもって確認しておきたい。まず、『禅苑清規』の「請知事法」(巻2)・「請頭首法」(巻3)だが、後者は前者を受けた作法(「竝て已前の知事を和会するの法に同じ」とある)である。よって、ここで参照されるべきは、前者であろう。

◎新知事候補の推薦
まず、知事の中で退任する者が出た場合、知事や頭首などを招いて茶を飲み、それが終わったら、住持はその者達に、「或る知事が退任した。誰か後任に適切な者はいないか」と、再三、大衆に問うという。しかし、大衆からの意見が無ければ、住持は自ら、「或る人を知事に充てようと思う。大衆は皆どう思うか」と自らの意向を述べ、それに対して大衆からの反対が無ければ、侍者を派遣して請われたことを伝える。

◎新知事候補への礼請
そして、住持は改めて「或る知事が退任を申し出た。知事職を欠くわけにはいかないため、某人首座を拝請して、その知事職に充てようと思う。また望むのは、大衆も同じく礼請して欲しい。ただ願うのは、その心に隔てが無いようにし、(平等を思う)仏法をもって念にせよ」と述べる。これは、人事での昇進が、同時に嫉妬の対象になっていたためであろう。僧侶といえども、聖人君子では無いわけで、こういう気遣いは、非常に生々しいとともに、極めて現実的で良いと思う。

◎新知事から住持へ両展三礼・致語
このように大衆からの礼請の結果、新知事は住持人に「両展三礼」する。これは、2回坐具を展じて言葉を述べ、最後に三拝をすることである。最初の展坐具で、「新戒、叢林に乍入して、諸事生疎なり。過って和尚の差請を蒙る。下情恐懼の至りに任うること無し」と述べる。意味するところは、自分はまだ叢林に入ったばかりの新戒で、諸事に疎いが、和尚から誤って請されてしまいました。大変に恐縮しています」と述べている。そして、再度展坐具し、寒暄を叙して、「伏して惟れば和尚、尊体起居万福」と述べて(意味は、住持への気遣い)、触礼三拝するのである。

◎大衆・知事等から住持へ両展三礼・致語
その様子を見ていた大衆と知事は、新たな人事が決まったことを住持に向けて祝賀し、両展三礼する。最初の展坐具で、「院門慶幸す。且た喜ぶらくは、新たに某の知事を請することを。已に慈命を領ず。下情、欣躍の至りに任うること無し」と述べた。「この寺院にとって喜ばしいことに、新たな知事を請することが出来ました。ただただ嬉しい限りです」と述べている。更に、再度展坐具して、寒暄を叙し、触礼三拝することは、前と同じである。

◎新知事と大衆・知事が互いに謝詞を述べる
まず、新知事が謝詞について、「推揚を荷うこと有り、慚悚に勝えず」と述べた。意味するところは、「せっかくの推薦をいただきましたが、(非才を)恥じるばかりです」と述べる。一方で、大衆・知事は、祝賀として、「衆を荷うこと、才に当たる。伏して惟れば歓慶」と述べている。意味は、「あなたは大衆を率いることが出来る才能があります。喜ばしいことです」と述べている。そして、お互いに触礼三拝する。

◎僧堂に入り維那告報
まず、鐘を鳴らして大衆を僧堂に入れ、皆立ったままで待つ。維那は聖僧の前に焼香し、巡堂一匝して、槌を一下打ち、「大衆に白す。前の某知事告退す。此の務め、人を闕くべからず。適たま堂頭和尚の慈旨を奉じて、某上座を請して某知事に充てしむ。謹んで白す」と告報する。意味するところは、「大衆に申すには、前の某知事が退任された。この知事の務めは、人を欠いてはならない。ちょうど良いことに、堂頭和尚の慈旨を奉って、某上座を請して某知事に充てようと思う。このことを謹んで申し上げる」と述べた。

◎改めて勧請
維那の告報が終われば、知事・頭首などが改めて新知事に近前して、勧請する。

◎改めて新知事が住持へ両展三礼・致語
先ほどと同じ両展して致語を述べ、触礼三拝。

◎維那告報
新知事による受諾の致語を聞いた維那は、槌を一下して、「今已に、某人を請し得て、某知事に充て訖んぬ。謹んで白す」と述べる。意味するところは、「今、既に、某人を勧請して、某知事に充て終わった。このことを謹んで申し上げる」ということで、言い終わって打槌一下する。

◎退堂
知客が、新知事を引いて聖僧の前で大展三礼し、収坐具して、首座の前で触礼三拝する。大衆はそれに答拝し、知客は、新知事を引いて巡堂して僧堂から出る。その際、維那が、どの役を拝請したかで行き先は異なるが、大衆に新知事を送迎するように促し、退堂となるのである。

以上である。こうなると、現在の「入寺式」は、特に後半の僧堂での進退のみを中心に作法を構築していることが分かる。確かに前半の別場所での煎点は、新知事の推薦が主であり、現在のように事前に誰を首座とするかが決まっている場合は、無駄な儀礼である。それから、今回、元々「掛搭式」との関係を見ようと思っていたが、作法的には全く関係が無いことであった。

なお、何故「掛搭式」との関係を見ようと思ったかというと、知事に充てられる人が「新戒」「乍入叢林」「諸事生疎」と述べることに、非常に強い違和感を感じているためである。もちろん、「謙遜」だとは分かっているし、今時はただ、このように述べるものだと定められているので、それこそ「入寺式」とかでも、ワケも分からずただそう述べる首座和尚も多いとは思う(まぁ、現実的には現代の宗門は、修行途中の人を首座にすることも多いので、文字通りのことも多い。そのことは、最初に挙げた『洞上行持軌範』の段階から変わっていない)。

そのため、「新戒」等と述べられる意義について、もう少し見通しを良くしたいと思っての記事作成の動機だったのだが、当てが外れた感じではある。また、『勅修百丈清規』「両序進退法」や、江戸時代の宗門各種清規の様子については、また別の機会に見ることとしたい。

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