つらつら日暮らし

面山瑞方禅師「冬安居辯」参究⑦

冬安居結制に伴う面山瑞方禅師「冬安居辯」を参究する不定期短期連載記事である。

 夫れ梵網は、華厳の結経、安居も亦、理事無礙の深義に係る。
 僧、洞山に問う、寒暑到来す、如何が廻避せん。
 洞曰く、何ぞ無寒暑の処に向かって去らざるや。
 僧云く、如何なるか是れ無寒暑の処。
 洞曰く、寒時寒殺闍梨、熱時熱殺闍梨。
 瑯瑘覚拈じて云く、我即ち然らず。如何なるか是れ無寒暑の処。僧堂裏に去れ。
 是れ即ち、祖門理事無礙安居なり。二乗外道の夢にも知ること能わざる所なり。
    『面山広録』巻24「冬安居辯」、原典に従いつつ訓読


まず面山禅師が指摘されることとは、『梵網経』の位置付けである。『梵網経』は盧舎那仏の説いた教えという位置付けにもなるため、「華厳の結経」という評価にもなる。例えば、以下の一節などである。

天台大師、梵網経を判じて、花厳の結経と為す。彼れ亦、花厳の後、梵網経を説く。
    凝然大徳『五教章通路記』巻17


以上の通りの説があったことが知られる。そこで、面山禅師は『華厳経』の影響があるのだから、『梵網経』で説いた安居は、「理事無礙」という『華厳経』の深義に契うとしているのである。その証拠として引用されたのが、「洞山無寒暑」話と、それへの瑯瑘慧覚禅師による拈提である。典拠は、『洞山録』であろう。日本の江戸時代に参照されていた『洞山録』には、瑯瑘禅師の拈提も含めて収録しているためである。

それでは、面山禅師の主張とは何であろうか?上記を見るに、いわゆる「無寒暑」という「理」の極致に対して、洞山禅師は「寒時寒殺闍梨、熱時熱殺闍梨」という「寒熱の徹底」という道理を示したが、多分それだけでは足りない。よって、瑯?禅師の言葉、「僧堂裏に去れ」が必要なのである。つまりは、僧堂での坐禅という「事」こそが無寒暑であり、面山禅師はその実態をもって、「祖門理事無礙安居」としたのである。

この段階で或る程度の方向性が見えてきた。つまり、季節や環境では無く、あくまでも修行者の修行をもって「安居」だと把握する方針である。そうなると、確かに「坐夏」「坐臘」の意義が分かる気がする。結論はまた次回以降の記事で学びたい。

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