マーラーは、この世を去るとき、「いつか私の時代がくる」と言ったらしい。実は同じ台詞を「遺伝の法則」のメンデルも言った、と伝えられている。実際、メンデルの時代も、マーラーの時代も、最後にはやって来た。
『図書』6月号、21頁
「いつか私の時代がくる」という台詞、これは非常に興味深い。要するに、同時代の人には受け入れられていないが、未来には必ず自分(の業績や見識など)が受け入れられる日が来るだろう、という意味になる。同時代の人には期待しないで、未来の人に期待する、それがこの台詞である。
ところで、前者のマーラーは流行などに左右される「音楽」の領域で活躍した人だから、時代によって流行するしないの違いがあっても当然だろうが、後者のメンデルは、まぁ、まだ「科学者」なんていう状況では無いし、この人自身も教会の関係者ではあったが、一応、「科学法則の発見者」である。その「法則」を見出した人が、時代に左右される言を発するという辺りに、なんとも難しさを覚える。
それは、我々が法則だと思い、それが普遍的であると思える場合でも、実際には受け入れられるか否か?という時代性を帯びる可能性があるという事だ。この時代性を、俗的に解釈されたという限定は付くものの、「パラダイム」だとしても良いのだろう。「パラダイム」とは、元々これを使って科学論を展開したトーマス=クーンの思惑を超えて、一般的に「物の見方」や「考え方の枠組み」などを意味する言葉となってしまった(野家啓一氏『パラダイムとは何か』講談社学術文庫、314頁)。
元々は一定の期間、研究者にとってモデルとなる問題や解法を提供する科学的業績ということだったのだが、それがただの物の見方になってしまった。だけれども、もしメンデルが先のように発言したのであれば、なるほど、メンデル自身は自分の発見した法則に、科学的価値を認めつつ、しかし、同時代には認められていないことを痛感していたのだろう。実際、メンデルは遺伝の法則を当時の学会で発表したが受け入れられなかったという。
さて、元々流行に左右される文化だけではなく、科学法則もそうだというのなら、当然に宗教にも流行するしないはあると見るべきだろう。拙僧などは、現在の日本仏教の当事者であると同時に、ファンでもあるのだが、日本仏教にも流行り廃りはあると見るべきだろう。むしろ、現在などは「廃り」の状況であると見て良い。確かに、現状、かねてより「葬式仏教」といわれていた状況が、変化を見せつつあって、徐々に寺院の収入も減少していくとはされていくが、それはバブルの時代を基準に考えているためであろう。
実際、寺院というのは、貨幣経済に付いていけるシステムでは無かったので、そんなに裕福な状況であったことは無かった。無論、石高を持っていた場合や、田畑からの収穫が期待出来た場合には、金銭的には足りなくても、食べていくことだけは出来た。だが、現在のように葬式が問題になる状況というのは、或る意味、日本社会が「総中流化」したからこそ起きたものであり、元々は一部の有力な檀家だけが葬式で莫大な費用が掛かり、後はそれ程でも無かったというべきであろう。
それは、地方寺院に於ける江戸時代の「火葬と土葬」の割合を見れば一目瞭然で、火葬なんてのは本当に一握り、後はだいたい土葬だったわけである。火葬には燃料費が掛かって、かなりの額になる。だが土葬は成人男子2人いれば良い。その者達が穴を掘れば、そこに埋めて葬儀終了である。しかも、この場合は互助的な地域共同体が協力してくれるので、費用的には最低限で済む。よって、その頃を思えば、葬式で寺が潤うことも無かったわけである。或る意味、現状はそこに回帰しつつあるというべきなのだろう。
つまりは、総中流化したからこその問題が、さも普遍的な問題であるかのように扱うこと、それ自体の問題である。葬式仏教崩壊の問題は、仏教の問題では無くて、明らかな貧富の二極化が進みつつある日本社会の経済的問題である。なるほど、収入が減って人材も減るかもしれない。だが、日本仏教は既に激烈な仏教弾圧であった廃仏毀釈とその残りの状態を生き残ってきたのだから、これからも生き残り続けるだろう。そして、必ずや日本仏教の時代が来るに違いない。
あぁ、この言葉は本当に気楽なものである。
実際には、未来とか他者とか、もっと突き詰めると、色々と考えるべき事も出て来そうだが・・・
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