一 四位十三階
天平宝字四年七月庚戌、大僧都良弁、少僧都慈訓、律師法進等奏して曰く、良弁等聞く、法界混一して、凡聖の差未だ著かず。断証以て陳て、行位の科始て異なり。三宝十地、所以に衆生を開化して、前仏後仏、之に由て三乗を勧勉す。良に知る、勲庸に酬るに非ざれば、証真の識を用いること無し。行位を差せざれば、詎ぞ流浪の徒を勧めん。今は、像教、将に季ならんと。緇侶稍や怠る、若し褒貶する無くんば、何ぞ善悪を顕さん。望み請ふ、四位十三階を制して、以て三学六宗を抜かん。其の十三階の中に就いて、三色の師位、并に大法師位は、勅に准して位記式を授け、自外の階は、奏に准じて位記式を授けん。然れば則ち、戒定恵の行、独り昔時のみに非ず。経・誡・律の白、方に益ます今に当たらん。庶くは亦た濫位の譏りを息め、以て敦善の隆を興さん。良弁等、学、渉猟に非ず。業惟れ浅近なり。輙く管見を以て、略ぼ採択を事とす。叙位節目、具に別紙に列す。
勅報に曰く、来表を省みて、具に緇徒に勧誡を示すを知る。実に利益あるに応じて、分て四級を置くは、恐くは労煩を致すが故に其の修行位・誦持位は、唯だ一色を用て、数名を為さず。若し誦経忘却し、戒行過失する者有らば、衆人の知るを待て、然る後に改正す。但し、師位の等級は、宜しく奏状の如くすべし。〈続紀廿三〉。
『緇門正儀』10丁裏~11丁表、訓読は原典を参照しつつ拙僧
こちらの一事だが、『続日本紀』巻23に見ることが出来る一節で、天平宝字4年とあるので、西暦なら760年となる。よって、淳仁天皇の御代であった。なお、日本に正式な授戒作法を伝えた鑑真和上(688~763)はまだご存命であった。
上記内容だが、簡単に訳してみると、大僧都良弁と少僧都慈訓、律師法進などが上奏して、こんなことを述べている。現在の法界(仏教界くらいの意味か?)では色々な価値観が混じり合ってしまい、凡夫と聖者との違いも良く分からなくなっていたが、釈尊が菩提を得て、その違いが初めて出て来た。そして、その後、仏法僧の三宝や、十地という優れた境涯を持つ菩薩が衆生を導き、前仏・後仏は三乗に対し、修行を勧めてきた。
なお、そのような働きを褒めることがなければ、如何にして真実の知ったのか判断出来ず、修行の位に違いを付けなければ、どうして流浪の徒に修行を勧めることが出来ようか。今は、像法の時代であり、じきに末法となる。そうなれば、僧侶は修行を怠ることになる。よって、それを褒貶しなければ、善悪の違いを区別することも出来ない。
よって、望むところは、四位十三階を制定して、南都にある三学六宗に適用したい。その十三階の中で、三色の師位、並びに大法師位は、天皇からの勅をもって位記式を授け、自外の階は、奏に准じて位記式を授けることとする。そうすれば、戒定恵の行はただ昔に行われたことという話では無く、経・誡・律の言葉は今に適用出来よう。
僧侶に位を与えるなどということに譏りもあるかもしれないが、それよりも、善の興隆をしたい。
我ら良弁などは、学問も渉猟しておらず、その行いも浅いが、ただ管見でもって、採択したのみである。叙位節目の詳細は別紙に記した、と上奏したのである。
一方で、天皇からの勅報では、上奏を見た結果、僧侶たちに勧誡を示すことであると知った。実に利益あるに応じて、四級に分けて置くこととする。ただし、煩わしいため、修行位・誦持位は、唯だ一色のみを用いる。もし誦経を忘却し、戒行を過失する者がいれば、他の修行僧達の理解を得て、その後に、その者の得失に応じて改正することとする。なお、師位の等級は、奏状のようにすべきである、と先の要望は認められたのであった。
と、まだ詳細を理解していないのに、記事を書いてしまっているのだが、実際の四位などは次回の記事で検討してみたい。
【参考資料】
釈雲照律師『緇門正儀』森江佐七・明治13年
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