まず、仏教教団内に於ける有名な説話として、「アングリマーラ(央掘摩羅)」の教化の話をしなくてはならないだろう。この者は、「指鬘外道(指による髪飾り)」などとも呼称されるのだが、師事していたバラモンに騙されて、次々と人を殺し、その指を切り取って装飾品(髪飾り)にするようになったという。そして、1000人の指を集めようとし、1000人目には自分の母を殺そうとしたときに、釈尊によって教化されたので、その弟子となったという話である。
つまり、これほどの殺人鬼であったとしても、弟子になったというのだから、犯罪者だからといって、仏教教団に入れない、というのはおかしな話だといえる。ましてや、今回は窃盗である。認められないはずはない、ということになるのではなかろうか。
なお、アングリマーラについては、釈尊の教化によって、自分の母の前に懴悔し、そして出家したとされているが、その経緯の一端は、以下の通りである。
爾の時、世尊、央掘魔羅に告げ、「汝、今、起ちて、速かに母の所に往き、至誠に悔過して出家を求聴すべし」と。
爾の時、央掘魔羅、仏の足に従って起と、母の所に往至し、圍旋すること多匝して、五体投地し、至誠に懺悔して悲感し大叫し、即ち其の母に向かいて偈を説いて言わく、
嗚呼慈母よ、我れ大いに過る、
諸悪業を集め罪積と成る、
悪師の教えに随い暴害を行じ、
殺人すること一千に唯だ一のみ少なし、
我れ今日に於いて母に帰依し、
亦復た仏世尊に帰依す、
我れ今稽首し母の足を礼す、
唯だ願わくは哀愍して出家を聴せ。
『央掘魔羅経』巻1
このように、母に対して懴悔したアングリマーラに対し、母はその出家を許し、釈尊自身が授戒したとされている。つまりは、出家者になり、具足戒を受けたとあるので、比丘になったのである。もちろん、現代では殺人の罪を犯したものは、国家の法律に基づいて裁かれ、数十年も受刑者としての生活を送るか、或いは一生涯そうであることも起こりうる。そのため、アングリマーラのように、いきなり出家者として生活することは出来ないわけだが、社会と宗教との関係は、現代の人が思っているほどに、社会が絶対に優位という価値観のみではなかったわけなので、この辺はご理解いただきたい。
さて、以上は余りといえば余りに極端な事例だったかもしれない。そこで、もう少し一般的とも思える事柄を紹介したい。それは、出家時の「遮難」についてである。これは、出家時の作法中に教授阿闍梨によって発心した者が尋問を受けるのだが、その内容の一部を紹介しておきたい。
汝、父を殺し、母を殺すに非ずや。汝、阿羅漢を殺すに非ずや。
『四分律』巻35「受戒揵度之五」
これは、「十三難」と呼ばれる尋問の内、2項目である。父母と阿羅漢について殺害したことがある者は、比丘になることが許されていないのである。そうなると、先ほどのアングリマーラはギリギリ、母を殺さずに済んだので、問題が無さそうに思うかもしれないが、これがそんな簡単な話ではない。
汝、辺罪を犯さざるや。
同上
ここに見える「辺罪」とは、「波羅夷罪」のことである。そうなると、「波羅夷罪」には殺人が含まれるので、当然にアングリマーラにも適用されてしまうのだが、実は『央掘魔羅経』の場合、釈尊が自分で出家させているので、先に挙げた「遮難」は適用(実施)されていないのである。「遮難」は、釈尊が、自分以外の比丘達に、更なる出家者を受け入れる際に認めた「白四羯磨」の作法によって行われることである。
つまり、アングリマーラは、釈尊自身によって認められたので、出家出来たのである。そこで、今回の元犯罪者の件については、この「波羅夷罪」には偸盗戒(窃盗罪)も含まれるのだが、これは既に刑期を終えたということで認められたのだろうか。この辺は、実際の運用面に関わるので、如上の文献などからだけでは理解できないところではある。
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