つらつら日暮らし

『仏垂般涅槃略説教誡経』を学ぶ(令和3年度・5)

拙僧的に不思議なのは、何故、釈尊の最期の場面を語る経典が、複数作られたのか?ということである。いわゆる「涅槃部」経典もそうだが、他にも『長阿含経』には「遊行経」があって、これが釈尊の涅槃を示す内容だというのは、良く知られていると思う。また、阿含部の『大般涅槃経』もある。そして、この2つですら、既に内容の一部は相違している。

更に、大乗『大般涅槃経』は、それらの釈尊の涅槃を示す経典を用いて、大乗仏教の諸思想を織り交ぜたものだ。まぁ、この大乗の同経典が作られた理由は、本文を見れば一目瞭然なので良いのだが、問題は『仏垂般涅槃略説教誡経(遺教経)』である。現存する同経は鳩摩羅什訳で、天親菩薩造『遺教経論』は真諦訳である。まぁ、『出三蔵記集』巻1でも、普通に羅什訳として扱っているし、内容に特段異論があるわけではない。

いや、むしろ、異論が無いからこそ、不思議だということにもなる。以前も指摘したかも知れないが、『遺教経』に見える戒律的要素は、どこか大乗『大般涅槃経』と共有されているが、一方で他の箇所については「八大人覚」を含めて、独自の項目が見えることも多い(八大人覚自体は多くの経典にあるが、本経の並びは珍しい)。

こういうことから、綱要書的な側面も持っている、というのが実際のところだろう。

そういえば、以前から、『法苑珠林』などに出る『大遺教経』というのが気にはなっている。一応、『出三蔵記集』にも、「比丘欲食当先焼香唄讚縁記」という文献の紹介に『大遺教経』を典拠として挙げているので、何かはあったのだろう。なお、『大遺教経』として出ている文脈は以下の通り。

大遺教経の云うが如くには、比丘、食を欲する時、当に檀越の為に焼香し三たび唄すべし。布施を讃揚して美食を食すべし。
    「食法部第六」、『法苑珠林』巻42、訓読は拙僧


他の文献などでも、基本は上記と同じ文脈を引いており、これ以外はよく分からないので、おそらく他の本文は散逸してしまったのだろう。しかも、この一節は、先に挙げた羅什訳『遺教経』には見えないものである。この辺は、中国経典史の研究で、恐らくは言及されたものがあると思うので、岡部和雄先生などの御研究をご覧いただければ良いのではないかと思う。もし、先行研究に無かったときにはごめんなさい。

さて、それでは、今日の『遺教経』は以下の一節を見ておきたい。

若し人、能く浄戒を持てば、是れ則ち能く善法有り。若し浄戒無ければ、諸善の功徳、皆な生ずることを得ず。是を以て当に知るべし、戒は第一安穏功徳の所住処たることを。
    『仏垂般涅槃略説教誡経』「二修集世間功徳分」、訓読は拙僧


これは、昨日の文章の続きである。意味などは、既に【『遺教経』に於ける戒律について(3)】で見たところなのでそちらをご覧いただき、今日は『和解遺教経私鈔』での解釈を見ておきたい。

まず、この一段については、「是れは勧修利益の段なり」としている。そして、本書では、『遺教経論』を参照しながら、この一段には5つの細科分があるとしている。

第一に当持浄戒といふは即ち根本戒
第二に勿令虧缺といふは遠離戒
第三に若人乃至有善法といふは上の二戒能く断悪修善あることを顕せり
第四に若無浄戒乃至不得生は上の二戒無れば諸善功徳無きことを反上示すなり
第五に是以乃至功徳住処といふは正しく三業の過非を防ぐ得益を挙て不防失あることを自ら示すなり。
    『私鈔』29丁裏、カナをかなにするなど見易く改める


ということで、要するに、持戒が生善に繋がることを示したものだといえる。それで、まず「根本戒」については既に前回の記事などで見てきたので良いと思うが、要するに解脱に繋がる戒のことである。一方で、「遠離戒」については、悪事を離れることを指す。つまり、七仏通誡偈で知られるように、いわゆる「諸悪莫作」こそが「衆善奉行」に繋がることを示したものだといえる。

悪事をなさない、善事をなすというのは、一見すると我々の行為の表裏にも見えるが、実際にはそれぞれに功徳が働いている。まず、悪事をなさないと心に決めるのは、修行者の意志である。そしてその意志の下、善事をなすという功徳に繋がる。ただし、よくよく考えてみれば、過ちを犯さないという三業の過非を防ぐこと自体も、実は持戒の得益だったということになる。そうなると、前提に具足戒を受戒して、という話になってくる。ここまで深彫りすると、持戒の根拠という話にもなってくるようだ。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈仏教〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「仏教・禅宗・曹洞宗」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事