・もみぢ・みどり合作『久里寿満寿』メソヂスト出版舎・明治28年
まず注目したいのが、このタイトルである。これは、音を基準に漢字の当て字を用いて表現したものであろうし、意味的にも「寿」が鏤められ、目出度い雰囲気を出している。ただし、この表現はそれほど一般的にはならなかったようで、本書以外に積極的に用いられた感じはしない。
本書からは、様々な論点が得られるのではあるが、今日という日に因むとなると、やはり日付の問題について採り上げるのが良いだろうか。
一般に十二月二十五日をクリスマスの祝日(いはひび)と定めてありまするが、一体是は何の理由でせう。
(第一)古昔の人は、此世界は春創造られたものと考へ、且つは三月二十五日は昼と夜との長さが同じい時であるから三月二十五日が世界創造の日であると考へました、であるからキリスト様がマリアの胎に御宿りなされたのも此日であると考へ、それから御誕生日までは九ヶ月要ると思ひましたから、十二月二十五日を降誕日と定めました。
(第二)紀元後三百五十余年に、ある歴史の中に「主キリストは紀元第一年十二月二十五日の金曜日に生る」と記してありました、十二月二十五日にクリスマスを祝するのは此理由かも知れません。併し東国の諸教会では一月五日又は一月六日を誕生日とし、埃及では一月六日を誕生日として祝してゐました。
(第三)羅馬の国では十二月二十五日の日は、一年中で日の最も短い日であると考へてゐました、且つ此日は太陽が高く北の方へ昇りますから新太陽日として、羅馬の都には灯火を点して此日を祝ひました、クリスマスは此る理由から十二月二十五日と思はれたのではあるまいかとも申します。
(第四)又此時羅馬の国ではペルシヤの「ミトラ」宗を信じてをりましたが、此「ミトラ」宗では十二月二十五日を凱旋日と定めて祝してゐましたから、クリスマスの十二月二十五日と定められたのも或は此ういふ理由ではあるまいかと、いふ人もあります。
前掲同著、2~4頁
この本では、クリスマスが今日という日に定められた理由について、上記の4つを挙げている。無論、そのどれもが決定打は無い。その点について、本書の著者も、「兎に角、キリスト様の御誕生日は判然とは分りません。聖書にも書いてない、歴史には無論ない」(前掲同著、4頁)と、根拠の無さを認めている。だが、「この分らない所が却て此日の貴い、祝すべき所であると思ひます」(同頁)とされ、この点については拙僧も同意である。
現実に、この日であるかどうかは分からないし、そのことを理解しながらも、この日として祝うという「アイロニカルな没入」が見られるのである。これは、他の宗教などでも同様で、仏教でもゴータマ=ブッダ(釈迦牟尼仏)の生まれがどの日付であったかなんて、確実なことは分からない。だが、現在では4月8日とし、花まつりを祝っている。
さて、本書でクリスマスの日付の根拠としているのは、4つである。1つは天地創造がなされた日付と、イエスの受胎された日を同じとして、そこから計算して12月25日とした説。或いは、紀元後の歴史書の説。或いはローマでの説。そしてペルシャでの説である。
ただし、確かにこの4つの説は、それぞれに説明として用いられているようだが、先ほども述べたように、決定打が無い。だいたい、イエスの生誕自体、冬だった形跡が無い。結局、別の祭りが転用されて、という話になっているのだろう。それから、最近では、イエスの誕生日、ではなくて、誕生を祝う日、という説明がされている。これは、実は正確で、なるほど、と思う。
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