典虚てん手古舞

我が為の日々の記録! 74歳

焦らないが、ちょっぴり慌てる?

2016年07月31日 | 【日録】今日は何した?どう過ごした?

 「2016年7月」も晦日で終わり、明日から8月朔日です。始まりもありゃ、終わり、果てるときも来る。

 猛暑続きで疲れがたまってきたので、外の作業は「潅水」、水まき程度にして、アルバムや写真類の整理の続きにしとこうかな?

 よく考えりゃ、何年も何年も、以前から「写真」の整理はしているんですよ。私の父の古い写真も私のところにあります。

 今朝は、リビングの椅子と寝室のものを取り替えました。さて、7時半、外へ行ってきまぁすっ!

   さんもにが始まる8時までに戻るつもりであったにもかかわらず、何でじゃっ 向日葵らへの水撒きにとどまらず、スィート・バジル、トレイからポットへの移植をしてしもうたぁ。 おそらくは、バジルの苗たちが「いつまで、この状態にしておくんや」と怒り、私を動かしめたに違いありません。 なお、この作業は住まいのサンルームでしていました。しかし、今夏は引越しも見据えつつ、育苗・園芸グッズの置き場として整頓中・・・。まっ、お盆過ぎたら育苗の再開については考えようと思っています。

 9時過ぎからは、さんもに。「風」のテーマは、やはり相模原の事件に関するものでした。内容的には、当たり前過ぎることばかりで、傾聴とはなりませんでしたが、「土下座する者は、他者を土下座させる」という佐高さんの言葉に耳ピンっ「ヘイトクライム」については、「悪=本音=正直」 「善=建前=欺瞞」という二元的発想ではあかんやろね。

 テレビをみている私の頭に浮かんだ言葉は、「葛藤」でした。あれやこれやと迷い、思索するという「過程」を経て出した「結論」と、考えを経ない結論とは違う・・・。もちろん、「直感」という判断能力もありますが、これは鍛えられた思考力と鋭い感性により育まれものです。ゲームを通じて培った反射的に反応とはまったく、質が異なるのではないでしょうか。

 午前10時、もちろんテレビは消しました。昨日の2002年製作の「相棒」をみていたときも感じたことだけれど、昔のテレビジョンは、私ども視聴者のテンションを昂揚させ、思考を停止させていたか??  

 さて、その後は「写真の整理」作業に入りました。「断・捨・離」なんて、はしたないやり方は、わたしゃ出来ない。だって、あれは「思考停止」そのものです。

 見出し画像は・・・。小学時代の写真です。遠足から修学旅行まで、我が父は、ずっとくっ付いて来ていたから、たくさんスナップあります。ああ、写真屋さんではありませんよ。カメラだけでなく、16ミリ映写機もまわしていました。

 さてさて、本日の「写真整理」のテーマは、踊るぽんぽこりんやのうて、典虚てんてこりんデース。6歳6月から、踊りのお師匠さんに来てもらって、日本舞踊を習わされました。日傘を持って、子ども用の? 俗曲、端唄・・・。

 資料的に面白いなと思った写真は、「第一回日本民謡コンクール」で、「新関西新聞社」の主催の一枚。「後援  大阪市・大阪市教育委員会・大阪市婦人団体協議会」「スポーツニッポン新聞社」。場所は、大手前のホールで現在はなし・・・。「審査員 清水嘉市 丹羽健三  森田陽 松葉静子」

 1950年代半ば、戦後10年を経て、世の人の暮らしが落ち着きだした時代。

 「1953年(昭和28)テレビ放送開始1953年3月興安丸、高砂丸引き揚げ再開・・・。」

講談社の『昭和史事典』、小学館『昭和史年表第2版』を繰ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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