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第二話 出会い
意気揚々と全日本選手権に出場した正志たち。
だが、一回戦で敗退するという残念な結果に終わった。
夢を見るのは容易いが、現実は常に厳しいということを改めて認識させられる。
敗戦から二日後、正志と一哉は学区内にある『ふれあい公園』という大きな広場のある公園へとやって来ていた。
二人は小さい頃からよくこの公園を利用していた。敷地が広いので野球やサッカーなども出来るし、端のスペースには遊具なども設置されているので子供たちにとって絶好の遊び場だったのだ。
正志はよくここで一哉とキャッチボールをしながら、野球の他にも好きな漫画やゲームのことについてよく語り合っている。
そんな口数の絶えない二人だが、今はベンチに腰掛けたまま、空気の抜けた風船のようにすっかりしぼんでしまっていて、未だ一言も口を開かずにいる。
リトルリーグに入って、この三年間頑張ってきたのは全日本選手権で活躍することにあった。それが無残な結果に終わった今、このようになるのは無理もなかった。
「あのさ、やっぱ俺思ったんだけどさ・・・」
先に一哉が口を開いた。すると、
「ダメ」
一哉が言い切る前に正志は言葉を遮った。
「ちょっ、まだ何も言ってねえじゃん」
慌てる一哉であったが、正志には一哉が言わんとしていることが何であるかわかっている。それは・・・
「どうせ新しい変化球を覚えたいと言いたいんだろ」
「え、なんでわかったの?」
一哉は自分の言ったことをよく忘れてしまう。正志はこれまで一哉が大量失点して負けるたびに「新しい変化球を覚えたい」と言うのを聞いている。
「負けると二言目には新しい変化球と言い出すからな。もう耳タコだよ」
「だって、やっぱフォークとかシンカーみたいな落ちるボールがある方が便利じゃん?」
「ダメ。お前、指短いし間接も硬いだろ。フォークなんて投げようとしたら仕込む時バレバレ。シンカーなんか腕を痛めるからもっとダメ」
フォークボールは人差し指と中指の間に挟むことでボールの回転を抑え、バッターの手前で落下させる変化球だ。短い指でも挟めないことはないが、すんなり挟めないと相手バッターにフォークを投げると知らせることになりかねない。
また、非常に握力を使うので多投すると最後までふんばりが効かないという弊害もある。
シンカーは利き腕側の方に落下させるボールだが、腕を外側に捻るので肘に負担がかかりやすく、故障の原因にもなり兼ねない。小学六年というまだ骨が完全に出来上がらない年齢で投げるのはリスクを伴うので正志が反対するのは当然だった。
実例を挙げると、北海道日本ハムのダルビッシュ有投手がかつてこのシンカーを投げていたのだが、肘を痛めるということで今では封印しているほどである。
「あーあ、俺の指なんでもっと長くねえのかなあ」
一哉が自分の右手を見て大きく溜息を吐く。
「とりあえず、今は焦らずじっくり行こうぜ。中学になればいくらでも覚える機会あるんだしさ」
正志はそう言って一哉を慰めるしかなかった。
さて、全日本選手権は終わってしまったが、まだこれで終りではない。リトルリーグにはそれ以降も色々なスポンサーの元で小さな大会が行われる。正志たちは全日本選手権での敗戦をバネに、今度はSSK杯秋季東関東連盟大会で優勝を成し遂げた。
そしてSSK杯優勝の翌日──
正志たちはいつものように河川敷にあるチームの練習場で今度は秋季関東選手権へ向けた練習を行っていた。
この日は前日の疲れを考慮して軽いランニングとフリーバッティングが主な練習内容だった。
なんの変哲もない打撃練習。ところが、ここで一つの出来事が起こった。
チームメイトの打った打球がサイドフェンスどころか堤防を大きく越えて、道路の方へと転がってしまったのだ。
一番近くにいた正志が慌ててボールを取りに堤防を上がって行くと、そこには一人の可愛らしい少女が正志を待ち構えるように立っていた。
「はい、これ」
そう言って少女は真っ白い右手をゆっくり出すようにしてボールを正志に手渡そうとした。
しかし、正志はこの思いもかけぬシチュエーションに固まってしまった。
「あの・・・ボール」
「あ、はい。どうもありがとう」
正志はそう言ってボールを受け取るとすぐに駆け戻った。緊張してそれ以上少女の顔を直視できなかったのだ。
「おう、どうした正志?顔真っ赤にして」
戻るや否や、一哉が正志の顔を見てそう告げてきた。
「え!」
言われて思わず顔を両手で触ってみる。正志にしては珍しい光景だ。
「ははーん、原因はあの子か」
一哉がいたずらっ子のようなニヤケ面で正志が降りて来た方を見つめた。
正志も釣られたように振り向くと、上にいたはずの少女が、なんとグラウンドの脇まで降りてきているではないか。
「へえ、可愛いなあ。でも、うちの学校の子じゃないよな」
一哉が正志の肩に手をかけるようにしてヒソヒソと耳元で囁く。
「おい、次!浅川の番だぞ」
コーチの声が正志に向かって飛んでくる。
「はい!」
これ以上、一哉にからかわれたくないと思っていた正志はこれ幸いとばかりに打席へと向かったのだが、
「おい・・・ヘルメットもバットもなしでどうする気だ?」とコーチに呆れられる有様だ。
いつもの正志らしくない様子にチームメイトたちがドッと笑い出す。
正志は慌ててバットとヘルメットを取りにベンチへと向かう。すると、その途中で視界に少女の姿が映りクスッと笑っているのが見えて思わず俯いてしまった。
どうにも意識してしまってしょうがないようである。
その影響はフリーバッティングにも出てしまい、正志は空振りを連発するというかつてない醜態を晒す結果となってしまった。
そんな相棒の様を見て一哉は、
「なーにやってんだよ。俺が手本見せてやんよ」
と、おちょくるように言って打席へと向かった。
一哉は打撃の方も抜群で打順でも五番を打っている。しかし、これは投球への影響を抑えるためであり、本来ならば四番を任されてもおかしくないほどだった。
現に今もフリーバッティングにおいて、長打を連発し快音を響かせている。
一方、正志の方はというと、打順は七番か八番という下位の方であった。打率もせいぜい二割五分程度、つまり四打席に一度打てれば御の字というものだった。
それだけに今回は一哉の引き立て役になってしまったようで特別いい気がしなかった。
それからというもの、正志は練習へ来るたびに気になって少女の姿を捜し求めたが、少女が練習場へと姿を現すことは二度となかった。
その後、正志たちは関東選手権で優勝を成し遂げ、リトルリーガーとして臨む最後の大会を有終の美で飾ることになった。
三塁側スタンドに訪れた友人や父兄たちが優勝を祝福してくれている。その中に例の少女がいてくれたら・・・そう正志は思わずにはいられなかった。
ただ一度言葉を交わしただけ、ボールを手渡されただけであるが、正志の中であの少女の存在は大きなものとなっていたのである。
そして時は流れ、正志は中学の入学式を迎えた。
手足よりも丈の長い制服姿ですぐに一年生とわかる初々しさだ。
正志は一哉とともに登校すると、玄関前に張り出されたクラス分けの書かれた用紙に目を通した。
「正志、俺たちA組だ!一緒のクラスだぜ」
「どれどれ・・・・・・お、ホントだ!こりゃ入学早々ツイてるな」
バッテリー組む二人にとって同じクラスである方が良いに決まっていた。一々どちらかのクラスへ行くという手間もいらないし、授業によってはいつでも話すことが出来るからだ。
二人は、はしゃぐようにして校内へと踊りこんだ。建て替えてまだ二年という校内の壁は新品と変わらぬ輝きを放っており、先日まで過ごしていた小学校の校舎とは雲泥の差である。
「新しいのってやっぱ気分いいよなあ」
一哉はえらく感激したようで、鼻歌まで歌っている。
そんな感激ムードな二人の前に驚くべきことが待ち受けていた。
それは廊下の最初の角を曲がった瞬間に訪れた。
「おはよう。今日からよろしくね」
そう言って二人の目の前に現れたのは正志の中で大きな存在となっていたあの少女であった。
思いがけぬ少女との再会に呆然と立ち尽くす正志と一哉。
この少女の登場が自分たちの関係を大きく変える要因になろうとは二人はまだ知る由もなかった・・・
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ますますこれからの展開が楽しみですっっ
女の子可愛いです^^♪
女の子かわいいし/////^p^
今回はちょっと長くなっちゃいました。
途中で区切ろうかと思ったんですけど、
やっぱり女の子を登場させるところまで書きたいと思ってこうなりました。
一応、文章だけじゃ想像しにくいと考えて絵も用意してみました。
画力があればもう少し可愛くなったと思うのですが・・・
>あひぃさん
これは描いたものじゃないんですよ。
写真をイラスト風に変換したものです。(こんな絵描けないしw)
ちなみに球場は話の舞台になっている水戸市民球場です。
中学生の女の子なのでまあ、こんな感じかな?と。
ちなみに背景は合成です。