第四話 決別の時
打撃力の向上──
『言うは易く行うは難し』という言葉があるように、いざ取り組んでみたからといってそう上手くいくものではない。
自分にあったバッティングフォームの模索、打撃スタイル、バットコントロールの向上など課題が山のように積まれている。
それもブルペン捕手をやりながらなのだから尚更である。そのため、正志はプライベートの時間を削りながら打撃練習に取り組まなければならなかった。
そんな地道な努力を続けてあっという間に二年が過ぎた。
一哉は二年生に進級するとたちまち、エースとして抜擢されることになった。
多少ムラッ気があり、時には打ち込まれることもあったが、それでもエースとしての信頼は厚くきちんと結果を残していく。
一方、正志の方は一哉との相性を買われて試合に出場する機会こそ増えたが、一軍と二軍を行ったり来たりする中途半端さであった。
(努力をしてもダメなやつはダメなのかもしれないな・・・)
中々努力が実を結ばないことから正志はそんなことを考えるようになった。
そういう考えに至ったのは野球のことだけではない。一哉が彩夏と三年間同じクラスなりより親密になったのに対し、自分一人だけ違うクラスになってしまい置いてけぼりをくらったような気持ちになったのも理由の一つだった。
今でも三人でいることは多いが、それは上辺だけで、ただ二人の仲の良さを見せ付けられているようで辛かった。
そんな三人も、もう中学三年生だ。進路について真面目に考えなければいけない。
「やっぱり二人とも同じ高校に行くんだよね?」
入学当初はどこか幼げなところが残っていた彩夏だが、今では色気と愛らしさの両方がバランスよく出ていて、ますます可愛さを増している。
「うん、まあね。彩夏はやっぱ頭良いから藤野森か?」
すぐさま一哉が返答してしまうので、相変わらず正志は会話に入っていけない。
「うん。一応、第一志望はね」
わかっていたことだが、改めて本人の口から聞くと辛いものがある。中学を卒業したら彩夏とは自然と離れ離れになってしまうのだから。仮に一哉を裏切って同じ藤野森を目指そうとしても正志の成績ではいささか厳しいものがある。
そんな受験の問題を抱えて臨んだシニアでの最後の試合。正志はツーアウト二塁という状況で代打に指名された。
0対二という二点のビハインド、ここでの指名はいわゆる『思い出』というやつで三年間の思い出として打席に立って来いという同情から出たものだった。
(悔いは残したくない。絶対打つ!)
打席に入った正志はマウンド上の相手投手に視線を向ける。それはまるで上空から獲物を狙う鷹の如く鋭い眼差しだった。
しかし、相手も強気なようで、その視線を真っ向から受けるように睨み返してくる。
そして、第一球。正志はピッチャーの足が上がったと同時にすでに大きくテイクバックしてスイングの動作に入る。
(今日のこいつは球が走っている。それも高い確率でストライクを取りに来るはず)
正志の予想したとおり、ストレートが内角へと入ってきた。当然正志はこれを迷わず打ち叩く。
次の瞬間、軽さと鈍さが入り混じったような金属音と共に打球が弾け飛んだ。
ショートの頭上を越えるライナー性の打球。二塁ランナーはツーアウトなので正志が打ったと同時に走り出している。ヒットになれば確実にホームインだ。
ベンチではチームメイトたちが身を乗り出して打球の行方を見守る。
果たして・・・打球は勢い良すぎてそのままレフトのグラブにすっぽりと納まりアウト。
浅川正志、中学最後の打席はレフトライナーという結果で終わったのだった。
「だめだった・・・」
両手を握り締めながら、唇を噛み締めて空を仰ぐ。
(なんで最後にいい格好させてくれないんだよ・・・)
そう恨まずにはいられなかった。
正志はうな垂れながら帰りの道を一哉と歩いた。一哉の方はそんな正志にかける言葉もないのか、ずっと黙ったままである。
すると・・・
「なあ、正志。お前、高校はどこ行くか決めたのか?」
突然、一哉に進路のことについて尋ねられた。
正志は一哉なりに気を遣ってくれているのだと思った。
「俺は、お前の行くところならどこでもいいさ。お前には推薦の話とか出ているだろうから、俺は一般入試で・・・」
正志がそう言い掛けたところで、
「あのさ悪いけど、そろそろ俺たちコンビを解消しねえか?」
唐突な相棒の絶縁宣言。正志は思わず硬直した。
まるで体を串刺しにでもされたような・・・そんな気分であった。
「お、お前何言ってんだよ・・・だって俺たちずっと一緒にやろうってリトルに入る頃から言ってたじゃんか」
「そんな小さい頃の口約束なんかをずっと信じてたのかよ?お前も相当お人よしだな」
「お人よし・・・」
「そうさ、だからお前は彩夏と口も聞けないんだよ。俺に遠慮しちまってさ」
「俺は別にそんな」
「お前はいっつもそうだ。俺をいつもリードしている気でいやがる。確かにお前はいいキチャッチャーさ、それは認める。でも、いい加減お前に操縦されるのって嫌なんだよな」
「一哉、お前今まで俺のことをそんな風に思っていたのかよ!」
「ああ、そうさ。ついでにこうも思ってたよ。どうせなら打つ方でもリードしてほしいってな!」
そう言われると正志は返す言葉もなかった。確かに投手にとって一番欲しいの援護である、得点である。それは自分がどうやってもしてやれなかったことなのだから。
「わかったよ・・・お前がそこまで俺を重荷に思っているとは知らなかったよ。バッテリーを組むの終りにしよう」
正志は一哉の要求を呑むしかなかった。六年間続いた名コンビのあっけない終焉だった。
一哉は年々力をつけている新鋭の梁瀬高等学校へ推薦で進学することになった。
一方、正志は古豪でこの年から専門的なコーチを招聘して、育成プランを導入したという能美高等学校を受験することになった。
独学ではこれ以上バッティングは向上しない。そう考えた正志はこの育成プランに全てを賭けることにしたのだ。
高校になったら三人ともバラバラになる。合格発表が近づくにつれ正志の胸に一抹の寂しさが込み上げてきた。
(あと一月で中学も卒業。ダメもとで彩夏に告白してみようか)
このまま思いを告げずに卒業してしまったらきっと後悔する。そう考えた正志は折りを見て彩夏に告白をしようと考えた。一哉と親密ではあるが、はっきり交際しているようではないし、万が一ということもある。やらずに後悔するより、やって後悔しろというわけだ。
しかし、合格発表の翌日、正志はそれを思い止まることになった。
それというのも、彩夏が県内でも有数の進学校である藤野森高等学校へ行くはずだったのが、こともあろうに一哉と同じ梁瀬を受験したのが発覚したからであった。
まさに決定的だった。これほど二人の関係を肯定するものはなかったのだから・・・
そのこともあってか、正志は二人と距離を置くことにした。
何度か彩夏がクラスにやって来たが、正志は姿を見るとすぐに入れ替わるように男子トイレへと逃げた。
そんなことを繰り返しながら、正志は切ない思い出と共に中学校を卒業した。
浅川正志が中学生活で得たものは悲しみと孤独だけだった。
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読んでてちょっと泣きそうになりました←
努力していても報われないということってありますからね。
そして失う時はいっぺんになくなることも・・・
ここからの成長に期待してください。