
第五話 決戦の舞台へ
親友と恋焦がれた人を一度に失った正志は、野球に打ち込むしかなかった。
彩夏は取られても甲子園は渡さない。その一念で野球部の門を叩いた。
正志はそこで福沢隆という名コーチと出会うことになった。
福沢は正志のバッティングについてすぐに欠点を指摘し、アドバイスをしてくれた。
「スイングに下半身が付いてこないから、手打ちに近い状態になってしまって、体重が載らず飛距離が出ない。まずは足の位置を変えてスムーズに腰が回転するようにしよう」
正志はそのアドバイスを受けて立ち位置を変えてみることにした。
正直なところ、半信半疑であった。フォームはバッティングにおける生命線だ。プロでも前年以上の成績をと、フォームを変えて新シーズンに臨むが成功する場合もあれば、失敗して悲惨な成績に終わることもある。プロですらそうなのだからアマチュアの自分などは悪い方に転ぶのではないかという思いが強かったのだ。
だが、当初こそ新しいフォームにぎこちなさを感じたものの、一週間も経つ頃には少しずつ体に馴染んでいることに正志は気が付いた。
その次に正志が指摘されたのは手首の返し方であった。どうも正志は手首を速く返す癖があるらしく、そのせいでバットに力が乗らないようなのだ。
正志はその癖が矯正されるまで何度もバットを振り続けた。手にマメができ、それが潰れて血が噴出すことも多々あったが、それが固まってタコになるのを見ると、自分の力になっているのが実感できて嬉しかった。
福沢がある日こう言った。
「浅川、お前は斬るようなスイングを目指せ。それが出来れば凄いバッターになれる」
「斬るようなスイング?」
正志には意味がわからなかった。叩くようなスイングならば、わからないこともないが、斬るようなスイングとはどのようなものを指すのかイマイチ見えてこない。
「真剣を持って円柱の巻藁を斬るような感じだ」
「ああ、時代劇で殿様とかがやっているような?」
「そうだ。腰を据えて、定めた標的に向かって一文字に切り裂く。ああいうスイングをやってみろ」
ここまで成功している福沢の言うことだ。おそらく間違いはないと信じ、正志は福沢と二人三脚になって血の滲むような特訓を行った。
その甲斐あってか、正志は二年生を迎える頃にはチームでも三本の指に入るバッターへと成長していた。これまで誰も出来なかった正志のバッターとしての才能を福沢が見事に開花させたのだ。
あとは正捕手の座を射止めるだけ。打撃が開眼したことでモチベーションが高まった正志はキャッチャーとしても更なる飛躍をみせることとなった。
元々良かったスローイングに強肩が加わり、練習試合では相手の盗塁を高確率で阻止し、能美高に浅川ありと印象づけた。
これで二年の夏はレギュラー確実・・・
そう誰もが思っていた矢先、アクシデントが起こった。
夏の大会目前、正志の肩が壊れたのである。それまでの過酷なトレーニングと休みの日も自主練習をしたことで正志の体には大きな負担が掛かっていたのだ。
これには監督の重房もキャプテンである外山も頭を抱えてしまった。それだけ二人は正志に大きな期待を掛けていたのだ。
それでも、正志はベンチ入りすることになった。やはりチーム上位のバッターを遊ばせている理由はない。守ることは出来なくても打つことなら出来る。いわば代打の切り札だ。
こうして臨んだ夏の県予選、正志は五試合に代打として出場したが、五打数三安打本塁打一本二打点と十分すぎる結果を残していた。
そして今日の決勝戦を迎えたのだ。
正志はようやく回想から現実へと意識を傾けた。気付けば視界には舞台となる水戸市民球場が映っている。
バスから降りた正志は球場を前にし、身が震える思いだった。緊張から来る震えではない、自信から来る武者震いだ。
こんな感覚はシニア時代にはなかった。そのことからも正志の成長振りが窺える。
正志らベンチ入りの選手たちは場内の通路を経て、三塁側ベンチへと入った。
そしてベンチの外に出て場内を見渡し、呆然とする。
たかだか一県予選の決勝であるにも関わらず、スタンドがほぼ埋め尽くされているのだ。
「これじゃ恥ずかしい試合はできないぜみんな」
キャプテン外山が口元を緩ませ苦笑している。
そう言われて他の選手も笑ってみせたが、どことなく引きつった感がある。
しかし、それにしてもこの観客の入りはなんであろうか?
いかに能美高校が旋風を巻き起こしていると取り上げられて、かつて所属したOBたちやその関係者が駆けつけているとしても、ここまで入るものではない。
その理由は極めて簡単だ。対戦相手もまた魅力のあるチームだということだ。
決勝戦の対戦相手・・・すなわち一塁側ベンチに姿を見せているのは初の決勝進出を果たした梁瀬高校である。
能美高と比べれば、対戦相手に若干恵まれはしたが、その戦いぶりは見事と言うしか他にない。
そして、そのマウンドを預かる男は、二年生ながら登板した五試合全てを無失点に抑え、恐るべき成長を遂げた正志のかつての相棒である須賀一哉だった。

そう、観衆の大半はこの須賀一哉が好調な能美高打線を封じ込める様を期待して押し寄せているのだ。
そんな誰もが認める怪物へと成長した一哉との対戦に正志が燃えないわけがなかった。
今、バックスクリーンに掲げられた時計は刻一刻と静かに対決の時を刻んでいた。
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ついに決戦の時ですね!!←
わくわくしながら続き待ってます!!
はい、いよいよ決戦の時です。
2人の成長とその戦いぶりにご期待ください。