快読日記

日々の読書記録

「ロスねこ日記」北大路公子

2020年03月27日 | エッセイ・自叙伝・手記・紀行
3月26日(木)


どうしてこんなことになっちゃったかというと。

さかのぼること2週間ほど前、
本屋でこの「ロスねこ日記」(北大路公子 小学館)を見つけ、
あ!北大路公子の新しいやつだっ!と、ちょろっと開いたら、
猫を亡くし「心にぽっかり空いた猫の穴は、脳内猫や他人の猫写真では埋めきれないのだ。私は一生、この穴を抱えて生きて行くしかない」、
という一節が目に飛び込み、慌てて本を戻しました。

うちの猫がいよいよ弱ってきたと感じていたころで、
この調子で北大路家の斉藤さん(猫の名前)を悼む話が続くなら、とても心穏やかには読めないと危惧したからです。

猫がいなくなることなんか考えたくもないわ!と現実から目をそらし、
「紀ノ川」(有吉佐和子)、「最後の付き人が見た渥美清最後の日々」他数冊を買って本屋をあとにしたのでした。


ところが、その数日後の朝、
寝たままの状態で死んでいる猫を発見。

そのあと1週間ほど猫の画像や動画を見て暮らしたあと、
ネット書店を開いてぼーっとしているとき、
「今なら読めるかも」と思って「ロスねこ」もポチッとしたのです。

悪いことや悲しいことは「来る!」と怯えてるときが一番しんどくて、来てしまえば諦めもつくというもの。


そしてその日の夕方、
枕元の本の蟻塚を片付けていたら、
「紀ノ川」の下にこの本を発見。

一瞬、頭の中が真っ白になりましたが、
つまり、
あの時、本屋で、手放さず、レジで、金を払って、買ってきてしまって…いた…。

自分の行動がすっぽり記憶から抜け落ちるって、こんなに怖いことなんですね。
もうだめだ。


そんなわけで、同じ本が仲良く2冊並ぶはめになりました。

気を取り直して、すぐ読みました。
(1冊だけ)

キミコが心に空いた猫穴を埋めるべく、植物を育ててみる、という話。

もちろんおもしろかったです。

植物の育成を軸に、亡くなった猫のことや、ご両親の体調やいろいろあって、なんだか知らぬ間にテーマが“生命”みたいになっていて、思いがけずじーんときたラストでした。

それにしても、
周知の通り北大路公子の文才は賞賛に値するものですが、
とくに擬人化がうまいったらない。天才か。

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