東京電力福島第1原発の元所長、吉田昌郎氏・・・ 2019-10-19 00:00:00 | 日記 2019年10月19日、2013年7月9日、食道がんのため当時58歳で亡くなった東京電力福島第1原発の元所長、吉田昌郎(まさお)氏の話をしよう。東日本大震災による爆発事故から病気療養で退任するまでの約250日間、所長として事故収束の陣頭指揮を取り、大惨事に身をなげうった。頭でっかちの技術屋ではなく、厚い人望で作業員をまとめ上げる現場に強い男だったのだ。吉田氏は2011年3月の事故時、現場に介入してくる首相官邸と東電本店に対し、現場の判断を貫き通した。東電が公開した社内テレビ会議の映像などからは、さまざまな思いで事故と対峙し苦悩する姿があったのだ。吉田氏は、「これから海水注入中断を指示するが、絶対に注水をやめるな」と指示。2011年年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「首相の了解がない」と中断を求めた本店に反し、小声で作業員にこう伝え、自らの判断で事態の悪化を防いだのだ。また、「やってられんわ。そんな危険なこと作業員にさせられるか」。原子炉格納容器が水素爆発するのを防ぐため窒素ガス注入を指示する本店幹部に大声で食ってかかったことも二度三度ではないのである。今思えば、勇敢な方である。この事は、現在でも伝説として残っている・・・(井森隆)