日中両政府の国交正常化が実現していなかった1964年・・・ 2020-01-07 00:00:00 | 日記 2020年1月7日、日中両政府の国交正常化が実現していなかった1964年、スイスやビルマ(現ミャンマー)といった第三国で日本外交官が中国幹部と極秘裏に接触し、国交正常化の可能性を模索していたことが2015年1月3日分かったのだ。スイスに駐在して中国の武官と接触したのは、1972年に外務省中国課長として田中角栄首相、大平正芳外相(いずれも当時)と共に国交正常化を実現させた橋本恕氏(後の駐中国大使、2014年4月に死去)。橋本氏は「日本は中国と友好であるべきで、両国関係を正常化しなければならない」と提案し、「中国を侵略し、非常に多くの中国人を殺したことをおわびする」と謝罪するなど踏み込んで発言したのだ。当時の政治家や関係者が亡くなった2015年現在になって判明したが、なぜ今頃になって判明したのだろうか・・・(井森隆)