晴れ のち くもり 曇っても涼しくならない (^^;
終戦の日の昨日、中通りにある歩兵第十七連隊跡地に行ってみました。跡地にある石碑です。
母のおじさん二人はここで終戦を迎えました。ちなみに母の父(僕のおじいさん)は約2年間シベリアに抑留され、2年後に何の前触れもなく帰ってきたらしいのですが、おじいさんの母、僕から見たらひいばあさん(曽祖母さん)は、息子の幽霊だと思って腰を抜かしてしまい、そのまま後ろに尻餅をついて動けなくなってしまったことを覚えていると、母が話していました。
まあ、驚くのも無理はないですね。(^^;
石碑の裏側には下のような文章が刻まれていました。
文章からすると、この石碑がこの場所に設置されたのは昭和41年のようです。僕が生まれる前になりますね。
戦地へ行く直前にここで終戦を迎えた方、どんな気持ちだったのでしょうか?
ところで三浦熊士郎さんとは、どんな方なんだろうかと思いググってみたら、ヒットしたのは秋田市の交換コーナーの一文でした。
このページのヘッダーに『No.386- 1968-07-20 -』とありますが、こういった昔の文章がしっかりと残されているというのが、日本の行政の良いところですね。