ありがとう ご縁の旅

HSPです。
アメリカでの生活や健康対策、詩、エッセイなど
日々の気づきを綴っています。
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豊かさ

2020-11-26 20:15:00 | エッセイ

衝撃的だった

ソマリアの人々の
信じ難い
 
食べることが出来ず
お腹ばかり膨らんで

物哀しそうな
たくさんの同い年くらいの
子供達
 
大きく輝いている瞳。

小学生高学年の頃
初めて見た世界の

悲惨さを知らせる
テレビ番組。
 
同じ人間なのに
どうして...
 
何でなの?と母へ質問したことを
先日見たテレビ番組で
思い出しました。
 
何か出来ないかと考えた当時の
私は
 
町の町長さんへ
なんとか彼等にお金や
食べ物を送り助ける事が
出来ないかと
 
お手紙を書きました。
 
今思えば、無知で純粋な
真っ直ぐな想いからの
 
衝動的な行動だと
恥ずかしくもありますが
 
その後、町長さんより
直筆でお返事が届きました。
 
家族も驚いていました。
 
うる覚えですが、
 
日本から世界中から沢山の方が
支援をしているけれど
 
無事に彼等に届く物資の量は
限られている、、 という
内容だったように思います。
 
お返事に感激しつつ
現状を知り残念に思い
 
なんとか力になりたい!と強く願い
どうしたらよいのかという気持ちは
 
中学生になった頃
生徒会に入り
 
先生に相談をし募金活動を
始めました。
 
職員室前にあった電話台の隣に
手作りの募金箱を置いて
 
僅かですが、善意が集まり
学校から町長さんへ送って頂き
 
少しでも
何かの役にたてたのかなと
 
思い出しながら
テレビを見て思いました。
 
数年前、
みかん畑を開拓する
トラクターを買うための
 
クラウファンディング協力を
呼びかけるテレビ番組をみて
 
ピンと来るものを感じ
出資協力をしました。
 
その時、お礼にと送られてきた
 こちらのカード↓

一緒にみかんジュースとパウンドケーキが
送られてきました


開拓がスムーズに進み

絵に描いたような 
みかん畑が少しずつ
育っていれば良いです。
 
これまでにも
色々募金活動に参加しては
 
騙されてるんじゃない?
と言われながら
 
気持ちだけでもと
協力していました。
 
今できる自分の
精一杯
 
でも
 
人に甘えてみる事も
大切だと知ったときは
 抵抗を感じましたが

少しずつバランスを取り
 
ハタヨガの中で、
お釈迦様のポーズをする時
 
与えるも 受け取るも
等しく心を調和させる
 
大切にしている言葉の一つ
 
その言葉を繰り返すうちに
 
受け取ることの抵抗が少しずつ
和らいで
 
感謝とともに受け取り
心が満たされ
 
何気ない豊かさに気づき
始めました。

与えるも 受け取るも
等しく心を調和させる
 
言葉での表現や実際の行動は
まだまだ難しい私ですが
 
日々の生活の中で
与えて受け取って
 
自分の中の自分を育てていきたいです。

 
 
  お読み頂きありがとうございます。



 
 
 
 
 

文通

2020-11-24 20:15:00 | エッセイ
今年ようやく親友が
LINEを始めるようになり

数秒のうちにやり取りを
する事は便利なのですが

お互いの近況報告は

葉書選びから切手を貼って
ポストへ投函する過程が

真心も一緒に投函するようで
好きな瞬間です。


小学生の頃から
文通をすることが趣味で

全国の文通希望者と
今の時代では考え難いほど
簡単に住所を教えてもらえ
やり取りをしていました。

1番長くやり取りをして
記憶に残っているのは
秋田県と岩手県の方。

便箋やシールを集めることも
好きだったので
シールを入れてみたり

文通の内容は、家の周りが
どんな感じでクラブは何を
してなどだったと思います。

郵便受けに自分宛の名前の
文があると飛び跳ねて

高揚する気持ちを抑え
開封していました。

疎遠にはなってしまったけれど
それぞれの路を楽しく
歩んでいますように…。

ターシャテューダ展で買った葉書セット

文通は、海外の方とも
ペンパルというクラブが
雑誌に載っていて

両親に頼み入会しアメリカの
方と文通を始め

定型分が書かれた一冊を
丸写しのお手紙を書いては

写真を入れてやり取りを
楽しみました。

海外のお友達のお手紙は
ルーズリーフに青色の
独特のつながった文字

筆記体のような
丸文字が思い出されます。

解読は本当に大変で

中学校の先生に一緒に
読んで頂きながら
楽しみました。

what's up? 調子どう?
の文字を読み始めるのも

中々でしたが覚えつつ
発見と学びの交流でした。

お手紙に入っていたお写真の
同級生とは思えない
大人ぽさに驚いたのは
とても印象的でした。


今は、留学先のシドニーで出逢った
親友と葉書交換を楽しみ20年と
数年が経ちます。

お互い家庭を持ち仕事をしつつ
切磋琢磨のココロで
近況報告をしつつ

新幹線で3時間半近くかかる
距離に住みながら数年に
一回は再会を楽しみにしています


友人へ早めのクリスマスカード

季節ごとに選び送った
カードを
いつも飾っているよ〜と
教えてくれる彼女へ

彼女の微笑みを想い浮かべながら
書きおわり切手を貼りました。

ツールは違うけれど

ブログも日常のやり取りの
大切な場になり

読んでくださる方々と
繋がれるご縁に感謝です。

ありがとうございます。


 
  お読み頂きありがとうございます





限りあるときの中で

2020-11-21 21:41:00 | エッセイ
プレゼントを喜んでくれた
母とのLINEメッセージを
嬉しく眺め

あとどれくらい

このやり取りが
続けられるかなとふと 
思いました。


嬉しいよ、と母。


嬉しいよ、とわたし。


成長した自分
成長させてもらった自分

過去と今の思いが
交差しながら

わたしに語りかける

今日も

それぞれの路を
あゆみ

砂時計の

一粒一粒が

重なり

なめらかに

時を刻み

流れゆく中で

笑って

泣いて

話して

怒って
叩き

撫で

愛し合い

静かに

熱く

今を
生きている

過去に
自ら生かされている

この命を投げ捨てたいと
思ったこと

どこにいるのか分からない

泥沼にハマっている
感覚が嫌だと分かりつつ

その場所を選び続けたあの頃


もうそこは
自分の居場所ではないと
気づき

蓮子の咲く
よく見える穏やかな場所

美しさや優しさを選べる
場所に這い上がった

ありがとう

ごめんなさいと

力まず

流れのまま

前へと進む

それを

教えてくれた

あなたに

今日も

ありがとうと

呟く





 お読み頂きありがとうございます






愛犬と父と

2020-11-17 18:56:00 | エッセイ

孫の娘が心配するほど
未だにペットロスな父。

先月、愛犬ビーグルの
1周忌でした。

父は、17年間

毎朝のお散歩から
餌やりに
夕方のお散歩や
通院

全てのお世話を続け

お別れが近い頃は
どっちが先に逝くかねと

冗談まじりに言いながら

じーじが先に行ったら、
ビーは忠犬ハチ公になって

それは可哀想だから
元気でいないとね

と言っていた矢先

3ヶ月の介護を看取り
愛犬のお別れが先になり

未だに涙が溢れない日はないと
寂しい日が続くと
電話で話しては

鼻声の父。

愛情深く、義理人情の人。


3年前のビー

父の愛犬との時間は、
最高の癒し

かけがえのない時間だったと
思います。

3年前、緩んだ首輪で
ビーが脱走し

それまでも何回かありながら
すぐ見つかったそうですが

その日は

名前を呼んでも付近を見渡しても
気配はなく

父は仕事に行く前、帰ってから、
休みの日、山や畑、川、行く先々、
隈なく探し

近くのスーパーや
コンビニに張り紙をお願いし
探したそうです。

そして四日目、
遂に見つけたそうです。

奇跡です。

自宅から5キロほど離れた
大きな街へ続く道傍を

ヨロヨロ歩いているビーを
軽トラックから見つけ
すぐに停め

大きな声で

ビーーー!!

と叫んだそうです。

ビーもすぐ振り返り
尻尾を振りながら
ヨタヨタと駆けながら

父の膝下へ潜りこみ
涙が止まらない再会をした
そうです。

もうどこかで死んでしまっている
と感じながらそれでも逢えると
信じ

諦めず探し続け
想いが届き

再会が出来たこと
本当に奇跡、良かったね!!
とみんなで喜びました。

愛犬との絆、
父の想いを乗せる様に
自宅から仰いだ去年の12月

虹が出ていました。


家族LINEに早速送ると、

『虹の橋』だね
ビーもきっと渡れたんだねと。

わたしは虹の橋の話を
知らなかったのですが、

天国へ行けたらと涙が
溢れました。

ーーーーー
『虹の橋』

 この世を去ったペットたちは、天国の手前の緑の草原に行く。食べ物も水も用意された暖かい場所で、老いや病気から回復した元気な体で仲間と楽しく遊び回る。しかしたった一つ気がかりなのが、残してきた大好きな飼い主のことである。

一匹のペットの目に、草原に向かってくる人影が映る。懐かしいその姿を認めるなり、そのペットは喜びにうち震え、仲間から離れて全力で駆けていきその人に飛びついて顔中にキスをする。

死んでしまった飼い主=あなたは、こうしてペットと再会し、一緒に虹の橋を渡っていく。 

ウィキペディアより

ーーーーーー

実家では、子供の時からペットは
外飼いでした。

ビーグルは寒がりのようで
寒い冬は毛布を沢山掛けて

自分で綺麗に潜っていた様が
可愛らしかったです。

父がいつかビーと再会出来る日が
来るかもしれません

それまで元気に涙が少しでも
笑顔に変わる時が増えれば
いいなと思います。


納屋の中と外にビーのハウスが
ありました
春と夏はビーのハウス跡が
お花でいっぱいになったよと
母から聞きました

みんなを喜ばせてくれたビーは
お花になったのかな。

わたしもまた一緒に
お散歩が出来る
その日まで
あゆみ続けます。


 お読み頂きありがとうございます







桶の中の水

2020-11-15 18:15:00 | エッセイ

母は口下手なお方です。

 

愛情表現をすることが苦手な人だと

判るまで時間がかかりました。

 

心配しているのに、言葉、行動でも

あらわさず叱る叱咤激励型。

辛いときに怒られたらもっと悲しいよ。

 

大好きなのに、嬉しいのに一緒に

喜びたいはずなのにそっぽを

向いてしまう。

一緒に喜んで笑いあいたかったよ。

 

多感な時は、苦しい時期が多々あり

どうして、大好きだよと表現して

くれないの?

そんな気持ちがたまり、

いい子でいる自分も

嫌いになったのかもしれません。

 

妹から、母と私の性格が似ていてつい

言いすぎちゃうと言っていたと

聞いた時は納得し一人涙したこと

いろいろあった母とのやり取り

 

子育てを機にこれまでの私の溜まりに

たまったいい子ちゃんが

鬼の形相で本音を発散したときが

ありました。

 

それから、

親子ごっこを卒業した感じが

わたしの中で芽生えました。

 

今は、ふつうに何でも素で言え

判ってもらい

愛されていることもよく分かります。

 

母は、わたしより繊細さんで大好きな

自分の子供や大切な人、家族が

苦しんだり悲しむことを自分事に

置き換え苦しくなるのが辛かったのかと

今ならわかります。

 

父も何回も手術をする身体の

弱い人でした。


気力で回復するのが父さんよの口癖の

父は、今でも元気に仕事を続け

喧嘩もする程仲が良い2人です。

 

母の妹さんは膠原病で50歳を過ぎ

癌も併発し煙草を吸うことが

唯一の楽しみだったのかもしれませんが

元気でいて欲しさに口を出して以来

まともに話が出来ないまま意識が

なくなり妹さんとお別れをしたことを

悔いていると

呟いたことがありました。

 

その分、子供である私たち姉妹は本当に

仲良くいてくれることが嬉しいと

言っていることは

本心だと気づきました。

 

口下手な母が幼い頃、

よく話してくれた

 桶の中のお水のお話。

ふと今でも
思い出される言葉です。
 
桶に入った水を
自分の方へどんなに寄せても
桶の壁に当たり
 
反対へ行ってしまうけど、
 
水をどうぞどうぞと
相手がいる方へ譲ると
 
水は自分の方へ戻ってくる。
 
良い事をすれば、
嬉しいことが
自分の元へ戻って来て
 
悪いことも同じで
回って自分の元へ戻ってくる
から
 
欲張って
手には入っても溢れて向こうへ
行ってしまうからね、


幼い頃聞いた私には、
ハテナマークなお話でしたが
 
強い記憶に残り続け
その言葉は

良くも悪くも沢山の経験を
させていただき
味わい腑に落ちたのかも
しれません。
 
英会話スクールでもよく
先生が言っていたシンクロも
わたしに必要な言葉だったのかも
しれません。
 
以下、ネットより
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自業自得・因果は巡る・情けは人の為ならず

What goes around comes around.

「自分の行いは、いずれ自分に返ってくる」「因果は巡る」日本のことわざで、こういった意味合いを表すものはいくつかありますが、よい意味で用いられるものに、

「情けは人の為ならず」ということわざがあります。「人に親切にしておけば、自分に戻ってくる、その相手のためになるばかりでなく、やがてはよい報いとなって」という意味です。

悪い意味で用いられることわざとしては、「身から出た錆」、「自業自得」または「因果応報」などというものもありますが、「自業自得」とは、「自らつくった善悪の業の報いを自分自身で受ける」という意味で、一般的に、悪い報いを受ける場合に用いられることわざになります。「身から出た錆」とは、

「自分のした悪行のために自ら受ける苦しみや災禍」という意味で、「自業自得」と同じような意味合いで用いられます。「因果応報」とは、仏教用語で、「過去における善悪の業に応じて、現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生ずる」という意味で、多くの場合、悪い報いがあるという意味合いでも使えます。

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きのうは、今年最後の釣りを
朝から暗くなるまでし
 
波が大荒れで
釣るのは難しかったです。
 
波音が、激しく
雑念を消し去ってくれたようでした。
 

歳を重ねるたび
 
言葉の重み、
自分の行動

立ち止まり大切にするように
なりました。
 
無駄なことは何もない。
 
それなら、良い方へ受け取り

前へ進もうと思います。
 
 
 
 お読み頂きありがとうございます