岐阜多治見テニス練習会 Ⅱ

ニセコアンヌプリ紀行 p-4

 24日、月曜日。夕刻。ニセコ・ノーザンリゾート・アンヌプリの1階レストランの窓際に座り、夜間スキーを楽しむ人々の数を数えながらビールを飲んだ。それとも、ビールを飲みながら数を数えたのか。それとも、数えることと飲むこととは同時だったのか。僕は二つのことを同時に出来ない。飲むことと数えることとを交互に行ったと言うのが最も正確だろう。何を数えていたか。スキーヤーとボーダーの数、どっちが多いかを数えていた。結果は予想を裏切らなかった。予想は結果によって裏切られなかった。予想を超える出来事が、この世では起きる場合がある。僕のテーブルの上には汚れた空き皿が積み重なっていた。開花状態の花弁が僕の方に接近して来た。それは、何の曇りもなければ、微かな陰影さえもまったく感じられない若い女の顔だった。空き皿を片付けてもいいですか。僕は窓ガラスから顔をはずして「お手数をかけますね」と声の方を振り返った。顔立ちは十人並みだったが、その笑顔は本物だった。ニセコに来て初めて僕は人間に出会ったような感覚を覚えた。大袈裟に聞こえるだろうか、こんな言い方をすれば。
 25日、午前7時、朝食。僕はレストランの一番奥の席を選んだ。外ではふわふわと粉雪が舞っていた。バイキング形式なので、ご飯と味噌汁を取りに遠征した。「お早うございます。またお会いしましたね」昨夜の華やかな女性が、茶碗にご飯をよそいながら僕に挨拶をしていた。他の誰でもない、この僕に対して。彼女の顔は朝から満開状態だった。僕が「お早う」と答えると、「覚えてますよ」と彼女は付け加えた。彼女の隣にはもう一人若い女性が味噌汁係として並んで立っていたが、僕も遠慮することなく「一度見たら忘れられない顔だよ、可愛いから」と言いながら自席に戻った。ここの味噌汁は天下一品だった。日本人で良かった。そう言えば、月並みか。味は、しかし、月並みではなかった。窓際に新聞を広げてパイナップルを食べていた頃だった。あるいは、食べながら読んでいた頃だった。言い方は幾つかある。少なくとも新聞を食べながらパイナップルを読んではいなかった。「お下げしてよろしいですか」また彼女が僕の傍にやって来た。彼女が近くにいると、周囲の空気が暖かくなる。僕の錯覚だろうか。錯覚に違いない。その錯覚が、しかし、嬉しかった。僕は彼女の瞳の奥を見詰めた。彼女も僕を見た。彼女は空き皿を手に持ったまま、僕の席から中々離れなかった。もう粉雪も新聞も目に入らない。誰がこんな場面を予想しえただろうか。
 〈続く〉

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