おはようございます。
yukiです。
前回の続き
地元の新聞に掲載された私は
少し有名に。
そして静岡の競歩ランキングで
ついに1位となり
国体の選手として選ばれた。
国民体育大会。
都道府県の選ばれた代表選手が
集まり戦う大会。
オリンピックの規模が小さくなった
感じの大会。
中学生から社会人の人が
一緒のチームとなって戦う。
そんな大会に私は少年A競歩男子5000m
の選手として選ばれた。
一年前まで
駅伝メンバーにもなれず
選手として戦えないと思われていた
私が
静岡県の代表選手にまでになった。
しかし
ここから私は勘違いをし
どん底へと向かい始める。
国体の結果は9位。
得点が取れずチームに貢献することが
出来なかった。
その後
高校駅伝のメンバーにはなれなかったが
大学進学の内定を
競技の結果とコネでもらい
特に自分自身が動かなくても事が
進んでいった。
これがいけなかった。
自分がプロの選手みたいな
扱いに味をしめてしまった私は
競歩だけをやっていれば
いいと言う考えと
結果が出れば周りは称賛してくれる
と自分で勝手に思い込み
勉強を疎かにし全国大会にはそこまで
練習しなくてもいけるからと
練習をサボるように
そして学生の最大の敵。
ギャンブルに手を出してしまった。
全国大会には行けたものの
結果は振るわず。
今考えれば当たり前だ。
ろくに練習もせず勉強もせず
授業をサボり仲間と遊び
全国行ってるのに大学は
何もしてくれないと
自己中心的な考えをして。
天狗になっていた私の鼻を
へし折る事が出来ず
大学を卒業し
社会人になりもう一度と思い続けるが
4年間の代償は大きかった。
それでも自衛隊体育学校のトライアウト
を受けに行き
27歳で自己ベストを2分更新した時は
少し望みを感じたが
あの環境が自分1人で作れるわけでもなく…
競歩を始めて天国も地獄も味わえた。
今は競歩を引退したが
今後復帰するかもしれないし
しないかもしれない。
どんな形であれ競歩、陸上競技には
生涯関わっていくだろう。