資源の少ない我が国は「科学技術立国」を標榜している。
最近立て続けに、この科学技術に関連したニュースを目にした。
一つ目は“「稼げる大学」へ外部の知恵導入、意思決定機関設置、来年法改正”
と言う8月26日の時事通信の記事。
記事の内容は以下の通り。
政府は26日、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・菅首相)を開き、世界トップレベルの研究開発を目指す大学の経営力向上を図るため、産業界や公的機関などの外部人材を入れた意志決定機関を各大学に設置する方針を決めた。
政府は今年度中に10兆円規模の「大学ファンド」の運用開始を予定している。
決定機関(合議体)の設置は、その運用益を活用した重点的な支援を受ける際の条件となる。
首相は「未だ世界の大学とは経営改革や資金獲得の面で大きな差がある。世界に伍する大学を作るため改革を進める」と強調した。
二つ目は、9月2日の朝日新聞の“英国の教育誌「タイムズ・ハイヤー•エデュケーション(THE)」は、最新の世界大学ランキングを発表。東大は35位、200位以内に日本は2校のみ”という記事。
三つ目は、9月2日の毎日新聞の記事“光触媒「発見者」藤嶋昭氏と研究チーム、中国・上海理工大に移籍”
光で化学反応を起こす「光触媒」を発見し、ノーベル賞候補にも名前が上がる藤嶋昭・東京大特別栄誉教授(元東京理科大学長)が8月末に、自ら育成した研究チームとともに中国の上海理工大に移籍した。同大は今後、藤島氏を中心とした研究所を新設する。
財源不足などにより日本の研究環境が悪化する中で、産業競争力にも直結する応用分野のトップ研究者らの中国移籍は、日本からの「頭脳流出」を象徴する事例とも言えそうだ。
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近年、様々な分野で我が国の国際競争力の低下が指摘されているが、「科学技術立国」を支える学術研究分野においても、危機的な状況にあるのではないかと危惧されている。
この状況を改善し、一気に世界トップレベルに引き上げるために、政府が推進しようとしているのが「稼げる大学構想」なのだ。
さて、この構想で世界に伍する大学の実現が可能なのだろうか?
「否」と言わざるを得ない。
それは、"何故このような状況になってしまったのか"という基本的な認識が間違っているからである。
政府(内閣府、文科省、そして財務省)側は、それぞれの大学経営の“自助”努力が足りないのが研究業績低下の原因という基本認識である。
すなわち、稼ぎが足りない、もっと効率化しなさい。そうすれば、ファンドを使って、その運用益で高度な研究が出来るようになるという。
ちなみに、菅政権のブレーンである竹中平蔵氏(元経済財政担当相、現パソナ会長)は毎日新聞(2018.8.24)のインタビューで次のように語っていた。
記者>国立大学の運営費交付金削減も念頭にありましたか?
竹中>それは財政上の必要性からだ。たくさんある方が良いに決まっているが、財政には制約がある。
法人化に続いて、運営交付金の話も順番にやっていかなければならなかった。お金を削る事は必ずしも悪いことではない。
かえって効率的な方法が見つかることもあるし、(改革への)プレッシャーをかけられる。
お金を削らなければ、大学に危機感は生まれなかった。
記者>東京大の民営化を主張されています。
竹中>大学の中にもっと競争メカニズムを導入する。大学にお金がないと言うが、寄付をもらえば良い。
東大はもっとお金を集められる。東大の土地を貸しビルやショッピングセンターにして、その上りで研究すればどうか。
ランキング上位大学(東大、京大、東北大)でも収入は増えず
一方、当事者である大学関係者や学術会議、そしてノーベル賞受賞者などは、科学技術予算、殊に大学運営の基盤的な経費(国立大学は運営費交付金)の削減が、研究体制を崩壊させ、欧米や中国に差をつけられていると批判している。
例えば、2001年にノーベル賞(化学賞)受賞者の野依良治氏は、次のように指摘している。
<NHK NEWS WEB(2019.10.4)特集記事>日本の若い研究者たちのブラックすぎる職場環境〜あるノーベル賞学者の憤り〜
・日本は世界第3位の経済大国であり、さらに科学技術立国をうたうにもかかわらず、その担い手である若い研究者たちが最悪の環境にいる事は間違いない。まるでブラック企業だ。
・国立大学大学は法人化後、運営費交付金が毎年1%づつ削減され、すでに11%以上の減少となっている。科学研究の分野にも競争は必要であるが、自由な研究が保障される唯一の機関である大学で、急激に学問的な自律性が失われている。例えばノーベル賞は、独自性の発露を評価するものです。私の研究も当初は世界の誰からも見向きもされなかった。行政や資金提供者が、これをやりなさいと上から目線で戦略的に分野や課題を定めて、若い研究者の活動を縛っている。今、明日を担う若者が自由な発想で挑戦することが大変難しくなっている。
・経済的な理由で博士課程へ進み、研究者になる人たちが減っている。
欧米では、博士課程へ入ると学費が事実上免除されるだけでなく、毎月生活するために十分な給与が支給される。ところが日本では授業料を納める必要がある上、およそ半数は無給。そのため日本では、研究をしながら奨学金と言う名の借金やバイトで賄うしかない。
・博士の学位を取った後の展望が開けない。海外はキャリアパスが多様。
もちろん、世界レベルの学術研究に多大な資金が必要であり、それを支援する体制の整備と財政基盤の整備は重要な課題であることは、言を待たない。
しかしながら、大学や研究所の現状に目を向けず、それを改善する政策が伴っていないと、トップレベルの研究を目指しても絵に描いた餅になってしまう。研究スタッフとともに頭脳流出、“さもありなん”である。
それどころか、「自助」を前提とした構想の裏には、基盤となる予算を更に削減する財務省の思惑があり、基礎研究を停滞させてしまいかねないのである。
科学技術立国は「人」が育たなくてどうやって実現し、維持発展させるのか、ロボットかな?
※大学ランキングについては、別の機会に触れたい。
ハマちゃんです(釣りはやりませんが)。
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