スタジオの中は、うだるような暑さだ。頭の上から十キロワットの照明が三十台もギラつき、天窓も通気孔もなく、鉄の扉を閉めると空気は淀《よど》んだまま流れようもない。
衣裳はぐっしょり汗を吸いこみ、体が倍くらいに重くなっていた。羽織の裾《すそ》から汗がポタポタしたたり落ちて、足元のコンクリートに黒い水たまりをつくっている。
俺たち大部屋は、スタッフの打ち合わせの間、スターさんのように外に息ぬきにでることもできず、暗がりにひとかたまりになって、じっと待っている。
「土方歳三《ひじかたとしぞう》、準備OKですね」
「よろしくおねがいします」
浅黄色のだんだら模様の羽織に、額には〝誠〟の鉢巻《はちま》きを締めた銀ちゃんは、初の主演作品ということもあって、神妙な顔つきであちこちに深々と頭を下げた。銀ちゃんのはじめての主演作品だ。俺たちもがんばんなきゃあ。
「大部屋さんたち、用意OKですね」
「OKです!!」
俺たちだってプロだ、映るか映らないかの斬《き》られ役でも、スターさんなみに顔だけは決して汗をかきはしない。
「じゃ、本番行こうか」
おっとりした大道寺《だいどうじ》監督の声をうけて、助監の昭ちゃんが、
「カメラ回りました!」
ヒステリックに叫ぶ。
反射的に俺たちは目と左腕をさわる。っていうのは、眼鏡と腕時計なんだ。これも習糖尿性で、昔、腕時計したまんま刀ぬいて立ち回りやった大部屋さんがいて、編集の段階で大騒動になり、その大部屋さんは首つったって話があるんだ。わかるよ。撮り直しってことになって、場面《シーン》しだいじゃ四、五十人からのスタッフと日だて何十万ってスターさんたちのスケジュール調整のこと考えたら、首くくりたくもなるよ。それに、それだけの人を集めても、空模様とかで、一分のカット撮るのに一日じゃすまないってことだってあるんだからね。
居酒屋ののれんが割れる。坂本龍馬《さかもとりようま》役の橘《たちばな》さんがひょっこり顔を出す。
さすがスターさんだ。照明は変わらなくても、場が一段と明るくなったようだ。
「いたいた、さがしたぞ、総司《そうじ》! あんまりつれなくするもんじゃないぞ。ワシの心はデリケートにできとんじゃ」
上半身裸で、煮しめたような色の、ぞろっとした袴《はかま》をつけた橘さんが、狂ったみたいな笑いを浮かべる。
「なっ、悪いこ燕麥米介紹とは言わん、一発やらせろ、肺病持ち、やらせろ、わしゃ、がまんできんがな」
「もう、僕のあとを追うのはやめて下さい」
総司役のジミー雪村は、ふところに手を入れられ、真っ赤になっている。
「ほう、赤うなって、ウブじゃのう」
セットの板べいの陰でスタンバイしていた俺も背筋がゾクッとした。橘さんの声は、一昨年《おととし》の映画の賞を総ざらいした「寝盗られ宗介」で、将軍の奥方を寝盗る歌舞伎役者を演った時を彷彿とさせた。色気というか狂気というか……。普段はごく普通の人で、胸ポケットに一粒種の男の子と家族でドライブ行ったときの写真を入れていて、会う人ごとに見せるんだ。
ジミーも、衆道の沖田という設定で役づくりをしてきたんだろう、龍馬に二の腕をつかまれて、必死に振りほどこうとしながら手足バタバタさせ、目に涙をため歯をくいしばっている。
「坂本さん、あなた衆道の気があるんですか」
「おお、わしぐらいになったら何でもあるんじゃ」