カルテンは笑って、袋を返した。
「クリクと見習いだが、人目につかないようにしてたか」スパーホークが尋ねる。
カルテンはうなずいた。
「奥の部屋を取ってたし、若いのはずっった。面頬を下ろしたまま酒を飲もうとするやつなんて、見たことがあるか。あれは最高だったね。それと地元の娼婦《しょうふ》が二人、そばに侍《はべ》ってた。今ごろはあの若い騎士も、手ほどきを受けてることだろうな」
「それもよかろう」
「やっぱり面頬を下ろしたままでやるつもりなのかね」
「ああいう女たちは順応性が高いからな」
カルテンは笑い声を上げた。
「とにかく事情はクリクに聞いたよ。本当に誰にも気づかれずにシミュラじゅうを嗅《か》ぎまわれると思ってるのか」
「変装って手はどう百度SEOかと考えてた」
「付け鼻も使ったほうがいいぞ。そのひしゃげた鼻じゃあ、人混みの中にいてもすぐにばれちまう」
「よくそんなことが言えるな。この鼻を折ったのはおまえだぞ」
「あれはふざけてただけじゃないか」カルテンの口調は言い訳がましかった。
「いいんだ。もう慣れた。朝になったらセフレーニアに相談してみよう。何かうまい変装の手だてを考えてくれるかもしれん」
「ここに来てるそうだな。どんな様子だ」
「同じだよ。セフレーニアは決して変わらない」
「まったくだ」カルテンは革袋からもう一口飲むと、手の甲で口許をぬぐった。「なあ、おれはセフレーニアをいつもがっかりさせてるんじゃないかと思うんだ。あれだけ一所懸命に秘儀を教えてくれたのに、おれはスティリクム語もろくにできないんだからな。
〝オゲラゲクガセク〟なんて言おうとするたびに、顎《あご》がはずれそうになるんだ」
「オケラグカセク」スパーホークが訂正する。
「まあ何だっていいさ。とにかくおれは剣一筋に生きることにして、魔法はほかのやつに任せてある」カルテンは身を乗り出した。「ところで、レンドーではまたエシャンド派が盛んになってるそうだが、本当なのか」
「危険というほどじゃない」スパーホークは肩をすくめ、寝台の上で楽なDr Max教材姿勢を取った。
「砂漠でスローガンをがなり立てながら、互いのまわりをぐるぐる回ってるだけさ。まあそんなところだと思えばだいたい間違いない。ラモーカンドでは面白い話はないのか」
カルテンは鼻を鳴らした。
「男爵連中が私闘に熱を上げてるよ。国じゅうが復讐熱に浮かされてるんだ。蜂に刺されたのが原因で戦争が起きたんだぞ。信じられるか。蜂に刺されたある伯爵が、その蜂の巣箱を持ってた農民の領主である男爵に宣戦布告したんだ。もう十年も戦いつづけてる」
「それがラモーカンドって国さ。ほかには」