少年の左足の足首は数本の筋肉繊維らしきものが剥き出しになっていて軟骨部分の周囲で何とか繋ぎ留められていた。
さっきの少女が嗚咽しながら自分のニット帽を脱いで少年の足首をつつんだ。ベージュのニット帽からはすぐに真っ赤な血が滴り落ちてきて,僕はこの子を抱いたまま数百メートル移動するのは難しいと思って途方に暮れた。
いつもより狂暴な表情をしたビクターが黙って見守っていたが車両がギアを入れたような音を立てた瞬間叫んだ。
「おい,あの子を乗せてやれ」
さっきの少女が嗚咽しながら自分のニット帽を脱いで少年の足首をつつんだ。ベージュのニット帽からはすぐに真っ赤な血が滴り落ちてきて,僕はこの子を抱いたまま数百メートル移動するのは難しいと思って途方に暮れた。
いつもより狂暴な表情をしたビクターが黙って見守っていたが車両がギアを入れたような音を立てた瞬間叫んだ。
「おい,あの子を乗せてやれ」
天辺の兵士が相変わらず不機嫌そうに「タクシーじゃねぇぞ」と言うと,ビクターが「金は払うぜ」と言い返した。
兵士はこちらをじっと見据えて顔面の雨粒を1,2度拭ってから,またケケケと笑いながら破裂する様なアラビア語で中の兵士たちに何かを言った。
すると装甲車の後部ドアがガパっと開いて別のアラブ系の兵士が顔を出した。ビクターは銃を構えたまま右手で胸ポケットから紙幣を取り出してそいつに渡した。
「20ポンド。空港でドルに変えたら40くらいだ」
兵士は不満そうに右斜めに軽く頷いた後僕の方を向いて2回ほど手招きした。固く瞼を閉ざして一文字に唇を噛み締めたままの少年に振動を与えないように注意しながら僕は走り寄った。
血だらけの少年を受け取りながら兵士が何かをつぶやいた。何を言っているのか検討がつかなかったが,ぶつぶつと言っている中の「サラーム」だけは普段からよく耳にする音だったので反射的に僕も繰り返した。
すると兵士が力強い瞳で僕をギロリと睨み付けてから大きく頷いて微笑んだ。
「任せてくれ,必ず病院へつれていってやるから」
そう言いながら乗り込んで少年を寝かせると,ドアを閉める直前にさっき受け取った紙幣を僕に差し出した。僕は装甲車の影に身を伏せながら然り気無くビクターのポケットにそれをねじ込んだ。
「助かったよ,ビクター」
「そいつは良かった」
天辺のケケケという笑いにビクターのヒヒヒといういつもの笑いが 混じって不思議と緊迫した場が和んであちこちから安堵のため息が聞こえた。
当たり前の様に装甲車がまたゆっくりと走り出した。
そのまま慎重に500m程進んで無事に反対側の建物に辿り着いた。どういう訳かそれまでの間銃撃は止んでいた。
車両は少年を乗せたままスピードを上げて走り去った。天辺の兵士は振り向き様に「サラーム」と叫んでいた。僕が鸚鵡返しをしながら手を高く挙げると,少女が僕にしがみついて両頬にキスをした。
ビックリして少女の両肩を押さえると,その煤だらけの顔からはさっきまでの怯えがすっかり消えて柔らかい天使の微笑みにも似た純真な美しさが満ち溢れていた。
「得したな,ウィンプ」とビクターが茶化した。
僕が戸惑いながら黙って照れていたらどっと笑い声が起きた。 僕は思わずたまたま知っていた現地の単語を呟いた。
「プリオテイ」
すると今度は彼女や他の人たちが笑顔で頷きながら何度も呼応してくれた。
「友達」という意味の言葉は空しさの中に素敵な響きを称えていた。
兵士はこちらをじっと見据えて顔面の雨粒を1,2度拭ってから,またケケケと笑いながら破裂する様なアラビア語で中の兵士たちに何かを言った。
すると装甲車の後部ドアがガパっと開いて別のアラブ系の兵士が顔を出した。ビクターは銃を構えたまま右手で胸ポケットから紙幣を取り出してそいつに渡した。
「20ポンド。空港でドルに変えたら40くらいだ」
兵士は不満そうに右斜めに軽く頷いた後僕の方を向いて2回ほど手招きした。固く瞼を閉ざして一文字に唇を噛み締めたままの少年に振動を与えないように注意しながら僕は走り寄った。
血だらけの少年を受け取りながら兵士が何かをつぶやいた。何を言っているのか検討がつかなかったが,ぶつぶつと言っている中の「サラーム」だけは普段からよく耳にする音だったので反射的に僕も繰り返した。
すると兵士が力強い瞳で僕をギロリと睨み付けてから大きく頷いて微笑んだ。
「任せてくれ,必ず病院へつれていってやるから」
そう言いながら乗り込んで少年を寝かせると,ドアを閉める直前にさっき受け取った紙幣を僕に差し出した。僕は装甲車の影に身を伏せながら然り気無くビクターのポケットにそれをねじ込んだ。
「助かったよ,ビクター」
「そいつは良かった」
天辺のケケケという笑いにビクターのヒヒヒといういつもの笑いが 混じって不思議と緊迫した場が和んであちこちから安堵のため息が聞こえた。
当たり前の様に装甲車がまたゆっくりと走り出した。
そのまま慎重に500m程進んで無事に反対側の建物に辿り着いた。どういう訳かそれまでの間銃撃は止んでいた。
車両は少年を乗せたままスピードを上げて走り去った。天辺の兵士は振り向き様に「サラーム」と叫んでいた。僕が鸚鵡返しをしながら手を高く挙げると,少女が僕にしがみついて両頬にキスをした。
ビックリして少女の両肩を押さえると,その煤だらけの顔からはさっきまでの怯えがすっかり消えて柔らかい天使の微笑みにも似た純真な美しさが満ち溢れていた。
「得したな,ウィンプ」とビクターが茶化した。
僕が戸惑いながら黙って照れていたらどっと笑い声が起きた。 僕は思わずたまたま知っていた現地の単語を呟いた。
「プリオテイ」
すると今度は彼女や他の人たちが笑顔で頷きながら何度も呼応してくれた。
「友達」という意味の言葉は空しさの中に素敵な響きを称えていた。