元旦の朝。 福島を4時半過ぎに出発。
国道115号線を霊山を通り山越えをし、国道6号線を通り越して相馬の浜へまっしぐら。
この頃になると、辺りは闇夜からうっすらと明るくなってきた。 日の出は6時53分頃。
松川浦、原釜を通り、目的地の新地町の”釣師の浜海水浴場”へ6時15分頃到着。
じゅうぶん間に合った! でも、人影はまばら。 まったく何もない砂浜。
3.11震災前は”釣師の浜海水浴場”で初日の出に一年の無病息災を祈った後
集まったたくさんの人々と町で用意したあつあつの豚汁をフーフー言いながらごちそうになりましたが・・・・。
6時53分頃”あっ! 初日の出だ”と思った瞬間、 何だかわかりませんが手を合わせて祈っておりました。
ただただ暖かい太陽に感謝したい気持ちでした。
建物の中は津波で流されガランとした相馬双葉漁協ビル。その窓へも初日の出が差し込んで輝いておりました。
良い年になりますように
建物の外側だけが残った相馬双葉漁協ビルです。
国道115号線を霊山を通り山越えをし、国道6号線を通り越して相馬の浜へまっしぐら。
この頃になると、辺りは闇夜からうっすらと明るくなってきた。 日の出は6時53分頃。
松川浦、原釜を通り、目的地の新地町の”釣師の浜海水浴場”へ6時15分頃到着。
じゅうぶん間に合った! でも、人影はまばら。 まったく何もない砂浜。
3.11震災前は”釣師の浜海水浴場”で初日の出に一年の無病息災を祈った後
集まったたくさんの人々と町で用意したあつあつの豚汁をフーフー言いながらごちそうになりましたが・・・・。
6時53分頃”あっ! 初日の出だ”と思った瞬間、 何だかわかりませんが手を合わせて祈っておりました。
ただただ暖かい太陽に感謝したい気持ちでした。
建物の中は津波で流されガランとした相馬双葉漁協ビル。その窓へも初日の出が差し込んで輝いておりました。
良い年になりますように
建物の外側だけが残った相馬双葉漁協ビルです。