
日本開催のラグビーW杯まであと2年となった。その会場のひとつ、熊谷ラグビー場は改装工事が最盛期を迎え、昨シーズンはまだ基礎工事の段階にあった東側のスタンドが姿を現した。改装前は芝生席であり、Bグランドの最高のビューポイントだった場所。スタンド全体の高さといい傾斜、そしてゆったりとした奥行きの深さが魅力の旧メインスタンドとの対比。まだ完成途上ではあるものの、日本でも指折りのラグビー専門競技場誕生の予感がする。
台風18号の接近で一時は開催も危ぶまれた本日の試合。開幕戦となった先週は浜川(高崎)に足を運べなかったので、今日が今シーズンの私的観戦始めとなる。メインスタンドの屋根の下は既に観客で埋まっているのでバックスタンドへ。このBグランドで観戦する都度に思うことは、ベンチシートでもいいので、メインスタンドに座席を設けられないかということ。3000人と言わず、収容人数が1000人でもたちまち立派なラグビー専用競技場になると思うから。「目的外」だから無理だとは承知しつつ、Aグランドが完成したらBグランドの整備もお願いしたいところ。
それはさておき、降りしきる雨の中で本日試合を行うのは大東大と関東学院。大東大は4年間ほぼ固定だった黄金のBKメンバーが揃って卒業し、今季からは強力FWのチームとして再スタートとなる。一段と逞しくなったツインタワーでありツインズのタラウとアマトのファカタヴァ兄弟の他にもサイズの大きな選手達が揃っている。一方の関東学院は1部復帰から2シーズン目となり、真の意味での復活が問われる。しかし、両チームのFWだけを見比べてみても(例えは悪いが)大学生と高校生くらいの体格差がある。8人の平均体重が108kgの大東大に対し、同93kgの関東学院。両チームの選手達がピッチに登場した段階でも勝敗の行方は明らかなような印象を受けた。
果たして関東学院の選手達の身体は最後まで保つのだろうかと端から見ていても心配になってしまう状況。しかし、関東学院の選手達の表情からは相手に対する畏れは感じられない。むしろ活発に声を出すなどして闘志を掻き立てている選手が多い。確かに身体は小さいが、ひ弱な選手達ではないことも体型からわかる。果たして、ファカタヴァ兄弟のような大型でパワフルな選手達にどう立ち向かっていくのか? ゲームはそんな期待を裏切らない白熱したものとなった。

◆前半の戦い/関東学院の闘魂の前に空回り気味だった大東大
キックオフから大東大はFWの体格差を活かす形でどんどんボールを前に運ぶ。関東学院は持ち前の組織ディフェンスで抵抗するものの後ずさりを余儀なくされ、あっという間に自陣ゴール前で釘付けの状況となる。オフサイドなどの反則も多く、いつ失点してもおかしくない状況。もし、大東大がここであっさりと先制点を奪っていれば、試合は一方的なものになった可能性が高い。
しかし、大東大も緒戦であり、天候は雨ということもあってかミスが多い。確実にボールを繋ぐかブレイクダウンでいいところでも、オフロードや片手でのパスなど「軽い」とみられがちなプレーでチャンスを活かせない。大東大はパスラグビーを指向するチームなので、奔放に見えるパスでも軽いプレーではないのだが、雨の日に選択するプレーでもない。アドバンテージをもらった場面でありがちなキックパスの不成功はまだいいとして、ゴール目前で転がっていたボールを強めに蹴ってしまったプレーは残念。ボールは無情にもグラウンディングする前にデッドボールラインをオーバーしてしまった。丁寧に蹴れば確実にトライだった場面。制空権を握っているはずのラインアウトでも、ミスで関東学院にボールを渡してしまうことが目立った。
関東学院の粘り強いディフェンスを褒めるべきでもあるのだが、大東大は圧倒的に攻めながらも丁寧さに欠けるプレーが禍したこともあり得点を挙げられないまま時間が過ぎていく。やはり、取れる時に確実に取っておくことはラグビーの鉄則。ただ、手こずってはいても大東大の絶対的な優位は動かない。17分、ゴール前での関東学院ボールスクラムを強力に押し込んでターンオーバーに成功し、SH南からタラウにラストパスが渡る。
ただ、関東学院はスクラムで圧倒されたものの、芸術的とも言えるダイレクトフッキングでマイボールスクラムのボールは失わなかったことが特筆に値する。SHからのボールはフッカーを経てNo.8の手にすっぽりと収まり、大東大がプッシュをかけた頃にはNo.8が難なくボールを持ち出す正に一瞬芸。僅かでもタイミングが狂ったらボール確保どころかスクラムも崩壊する。関東学院らしいと言ってしまえばそれまでだが、必要なことを確実に練習していることがよくわかるプレー。関東学院がボールを失ったのは大東大先制トライの場面を含めて数えるほどだったし、そもそも、ここまで安定したダイレクトフッキングを観たのは初めてだった。

さて、リスタートのキックオフで関東学院にアクシデント。22mラインを越えたあたりでボールを確保したアマトがまず第1タックラーのLO川崎を弾き飛ばす。そのまま動けない川崎(結局、救急車で病院に運ばれた)を尻目に、アマトはパワフルかつスピーディーに前進を続けて2人目のタックラーもハンドオフで弾きそのままインゴールへ。70m以上の迫力満点のランは大学生レベルではまず止められない。対策はファーストタックルを3人がかりにして完全に抑え込むしかなさそうだ。1対1になってしまったら失点7を覚悟しなければならない。結果的にアマトはこの日4トライを挙げたが、どちらかというとパッサーに徹していた感があるので驚異的な決定力と言える。
しかし、関東学院もひるむことなくチャンスをうかがう。マイボールスクラムはほぼ確実に確保出でき、ラインアウトでも大東大にミスが多いことからチャンスが生まれる。個で突破出来る選手はWTBの佐々木主将くらいだが、巧みなライン攻撃で大東大のディエンスの穴を突き、しばしば観客席を沸かせる。次第に大型選手に対するコンタクトに慣れてきたこともプラスに作用した模様。大東大はまだFWのアタックが整備されておらず、ボールをキープしても遅攻にならざるを得なかったことも関東学院にとっては救いだったように見えた。関東学院はどうしてもタックルに人をかけざるを得ないので、テンポよくボールを動かされたら厳しかったと思う。
14-0の膠着状態で時計は29分まで進む。降りしきる雨の中での蹴り合いが多い展開。大東大は自陣からのカウンターアタックで強力にボールをゴール前まで運び、ラックからHO平田がトライ。FWに大型選手が揃う大東大だが、機動力があるフロントローが揃うのも強み。得点は21-0となり、このまま大東大が突っ走るかと思われた。しかしながら、関東学院もワンチャンスを得点に繋げる。ゴール前のラインアウトからFWでサイドアタックを繰り返し、ついにインゴールに到達。大東大とは違ってブレイクダウンで時間をかけずにテンポよく球出しが出来るのが関東学院の強み。SHの球捌きもさることながら、FWが無駄なく動けることも練習の賜だ。
5-21と関東学院が一矢報いたところでアマトが点火する。HWL付近のスクラムから8単でボールを持ち出すとタックラーを弾き飛ばしながら前進し意表を突くチップキック。ゴール前で関東学院の選手がボール処理をミスしスクラムとなる。このスクラムでもアマトが8単で抜けだし力強くトライ。いざとなれば決めてくれるエースの存在は心強い。26-5と大東大のリードが21点に拡がったところで前半が終了。大東大にミスが多かったとは言え、関東学院の闘志が試合を引き締めたと言える。

◆後半の戦い/序盤戦は手こずるも地力に勝る大東大が粘る関東学院を圧倒
大東大が確実に取れるところで取れなかったことで、序盤は拮抗した展開となってしまった前半。しかし、後半は関東学院が攻勢に出たことで得点板が動かずに20分近くまで時計が進むまさかの展開に関東学院応援席も盛り上がる。FW戦では苦戦を強いられるも、スクラムでのダイレクトフッキングが威力を発揮してマイボールを失わないことが大きい。自陣からはボックスキックで前に出て、ボールを確保したらBKラインに展開。ゴール前までボールを運べたらFWでテンポよく攻めて大東大ゴールを脅かす。
しかし、大東大も後半はしっかり修正。FW戦なら圧倒的な優位なのは明らか。だからこそ、雨にも拘わらず前半から(FWでゴリゴリではなく)BKにボールを回す場面が多かった大東大。関東学院をお手本にしたわけではないと思うが、明らかにSHからの球出しのテンポが上がってきた。ラインアウトでも関東学院は前半ほどはボールが確保出来ない。ファカタヴァ・ツインズの高さはやはり相手にとって脅威で、関東学院がスティールに遭ってマイボールを失う場面が増える。
攻守にわたる両チームの奮闘で拮抗した状況となる中で、またも起爆剤になったのはアマト。19分だった。自陣22m付近からのカウンターアタックで一気にインゴールまでボールを運んだ。とにかく自陣でゴールラインを背負いたくない関東学院だが、FW戦での劣勢を強いられる中で苦しい時間帯が続く。アマトは26分にもゴール前での反則(関東学院のスクラムのコラプシング)でタップキックから難なくトライ。大東大は畳みかける。32分には関東学院ゴール前のスクラムから8→9が決まりルーキーのSH南が嬉しい初トライ。どうしても小山と比較されてしまうのが辛いところだが、積極果敢に仕掛ける強気なところは負けていない。タイプは違うが、中央大の成田と共に楽しみな新人SHだと思う。

得点差は絶望的な状況だが、関東学院の闘志は最後まで衰えない。ピッチから絶えず声が上がるのも関東学院の方。圧巻は組織的に前に出るディフェンスで、パワフルな大東大の選手達の前進を簡単には許さない。関東学院のこの日の2トライ目はそんな積極的なディフェンスから生まれた。試合も終盤に近づいた34分、関東学院は大東大陣でSO横田がチャージダウンに成功し、大東大陣のインゴールに転がったボールを途中出場の今井がグラウンディング。かつての関東学院だったら、この場面ではゴール裏から「もういっぽーん!」というチビッコラガー達の声援が飛んだことだろう。
大東大も最後まで攻勢を緩めない。終了間際の40分、ゴール前スクラムを起点としたアタックでSO大矢がインゴール右サイドに向けてキック。タイミング良く走り込んだFL湯川がグラウンディングに成功しダメ押しの5点を追加して試合終了となった。ということでファイナルスコアは50-12の大東大の圧勝は順当な結果と言える。しかし、圧倒的な体格差をものともせず、最後まで闘志を前面に戦い続けた関東学院が荒れた展開になりがちの試合を引き締めたと言える。強く感じた事はダイレクトフッキングに象徴されるように(正しい)練習はウソをつかないということ。せっかくの闘志も確かな鍛錬の裏付けがなければ空回りに終わる。ポンチョから滴り落ちる雨水で身体も濡れるような状態だったが、そんなことには気付かないくらいの好ゲームだった。

◆試合後の雑感/対照的なチームの作り方に想うこと
冒頭で書いたとおり、黄金のBK陣が揃って卒業した大東大は新チーム元年の状態。ここで戦力低下は避けられないことから「2017年問題」などと書いたりもした。しかし、このゲームを観ると、随分と失礼なことを書いてしまったなと反省している。そんなこと(戦力低下)はチーム関係者がよくわかっていることだし、手を打たない訳がない。今更だが、昨シーズンに布石はちゃんと打たれていたと感じる。象徴的だったのはファカタヴァ兄弟が揃って欠場した試合。戦前の「FW劣勢」の予想を翻し、U20代表に選ばれた佐々木(この試合は欠場)らのFWが奮起して手応えを感じさせたのだった。
去年までの4年間のチームは観ていて本当に楽しかった。しかし、「一歩間違えば」のリスクを抱えていたことも事実。そう考えると、強力なFWを持つことで安定した形でゲームを進めることを指向しても不思議はない。かつての関東学院もそんな形で盤石のチームを作り上げ、黄金時代を迎えた。BK陣でもWTBの中川がFBとして残り、WTBには昨シーズンは出場機会が少なくてストレスが溜まったであろう岡がいるのも強み。齊藤と岩下の両CTBは突破力があり楽しみだ。いろいろとマジックを見せてくれた青柳監督が強力FWをベースにどんなチームを作り上げていくのかに注目していきたい。
昨シーズンの1部昇格から再び優勝争いが出来るチームとしての復活を期する関東学院。戦力的にはまだまだ厳しいが、ラグビーの内容では復活を遂げたと言っていいと思う。個々のパワーが上がっていけば優勝戦線に加わることができるレベルまで来ているように感じられた。正直のところ2部に降格する前の数年間、チームが壊されていく状況を目の当たりにするのが辛かった。だからこそ、闘志溢れる元気いっぱいのチームとして復活してくれたことが何よりも嬉しい。
関東学院のラグビーのキーワードとなっていたのが「エンジョイ・ラグビー」。しかし、このエンジョイは多分に誤解を招いていたように思われる。関東学院のラグビーは、ピッチのどこからでも(たとえそれがインゴールであったり、相手ボールであっても)常にゴールまでボールを運ぶことをを目指していた。そのために選手個々がピッチの上でアイデアを出し、かつそのアイデアをチーム全体で共有して実現する創造性があった。これがエンジョイが意味するところだったと思う。
この試合の場合は、サイズがありパワフルな相手に対して、局面局面でどう立ち向かうかがひとつの見所だった。それを観客も一緒になって考えることができる。エンジョイにはそういった意味あいもあると思うし、こんなラグビーができるのが関東学院の強みだった。今後も厳しい戦いが続くが、真の復活への道程をしっかりと見届けていきたい。
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永田 洋光 | |
言視舎 |