サルサやラテン・ジャズシーンで活躍した名ベーシストのひとり、サル・クエバスがひっそりと亡くなった。とくに追っかけたわけではないが、手元にある何枚かのレコードやCDで印象に残るプレーを聴かせてくれた人。ベースプレイヤーはバンドで重要な役割を担っているにも関わらず注目されることは少ない損な役割を演じている人達。ジャコ・パストリアスやマーカス・ミラー、最近の人ならエスペランサ・スポルディングのような人達は例外的な存在と言える。スティングもベーシストだがボーカリストのイメージが強い。
とくにサルサやアフロ/キューバンジャズのようにパーカッションがリズムの中心として活躍するラテン音楽では、ベーシストはさらに地味な役回りを演じているように見える。しかし、ベースラインの美しい音楽に惹かれるという体験を重ねることで、ベースを中心にジャズやラテン音楽を聴くようになってからはすっかり見方が変わってきている。ラテン音楽でノリを決めているのはベースプレイヤー。とくにパーカッションの突出が少ない傾向のある南米大陸の音楽ではそのことを強く感じる。文字通り音楽の基盤を支えつつ、しっかり歌っているのも名ベーシスト。スラップ奏法を取り入れて活躍したサル・クエバスもそんな魅力たっぷりな人だった。
♪レイ・バレット『リカン/ストラクション』(1979年 FANIA)
レイ・バレットはサルサ界のスーパースターのひとりであり、ラテンジャズからフュージョンまで何でもありだったコンガ奏者。『リカン/ストラクション』は、そのレイ・バレットが不慮の手のケガによるブランクから復活を果たした時期に録音した記念すべきアルバム。ここで、スラップ奏法によるベースの威力をいかんなく発揮しているのがサル・クエバスだった。しかし、このコンガを叩く手を再建しているジャケット、眺めれば眺めるほどになかなかシュール。
その他の参加メンバーでは才人オスカル・エルナンデス(ピアノ)、パポ・バスケス(トロンボーン)、後にルベン・ブレイズのバンドでも活躍したラルフ・イリサリー(ティンバレス)らの名前が目を惹く。アダルベルト・サンティアゴの歌をフューチャーしたまさに「黄金期のサルサ」だが、ハードコアなホーンセクションの絡みが魅力のインスト作品でもある。サル・クエバスのソロがたっぷり聴けることでも魅力的なアルバム。フィナーレを飾る「トゥンバオ・アフリカーノ」が一際感動的なトラックだ。
♪ルイス・ペリーコ・オルティス『スーパー・サルサ』(1978年 TOP TEN HITS)
ルイス・ペリーコ・オルティスは私がもっとも愛しているサルサのスター。トランペッターだが、名アレンジャーとして大活躍した人だった。最初に手にしたアルバム『サブローソ』(1982年)ですっかりお気に入りの人となり、輸入レコード店で当時の作品を買い集めた。この人の魅力は何と言っても絶妙のアレンジ。高度な内容を維持しつつ、ポピュラリティーを失わない絶妙なバランス感覚が最大の魅力と言える。難しくなる一歩手前で踏みとどまる際どさがとてもスリリングだったりする。ウェストコーストラテンジャズのニュースター、ポンチョ・サンチェスとこの人が当時の2大アイドルだったことも懐かしい。
ペリーコが1978年にリリースした『スーパー・サルサ』は記念すべき1stアルバムでもある。入手したのはCDで再発されてからだが、クレジットにサル・クエバスの名を見つけた時はとても嬉しかったことを思い出す。ボーカルはラファエル・デ・へスース。ペリーコのトランペットがたっぷり聴けることも魅力だが、ピアニストと連携してベースラインを支えながら歌うサル・クエバスのプレーも素晴らしい。ホーンアンサンブルにストリングスも加えたゴージャスなサウンド。ペリーコの黄金時代がここから始まった事を思うと、感慨もひとしお。
♪ホルヘ・ダルト『アーバン・オアシス』(1985年、コンコード・ピカンテ)
サル・クエバスはフュージョンシーンでも活躍した。そんな1枚がホルヘ・ダルトの『アーバン・オアシス』。ホルヘが率いる「インター・アメリカン・バンド」のメンバーはカルロス・パタート・バルデス(コンガ)、ニッキー・マレーロ(ティンバレス)、アーティ・ウエッブ(フルート)、アデラ・ダルト(ボーカル)、バディ・ウィリアムス(ドラム)にサル・クエバス。ゲストはホセ・マングアル・Jr(ボンゴ)、ジョゼ・ネト(ギター)にアンディ・ゴンサレスとセルジオ・ブランダンの2人のベーシスト。NY在籍のプエルト・リコ・チームとブラジル・チームによるまさにインターアメリカンなバンドになっている。全曲に参加しているアーティ・ウェッブのフルートの素晴らしさも聴き所のひとつになっている。
ここでは、サル・クエバスが7曲中3曲でベースを弾いている。兄のジェリー・ゴンサレスと組んだフォート・アパッチ・バンドでの活躍で名高いアンディ・ゴンサレスは1曲(キラー・ジョー)のみの参加。残りの3曲のブラジリアン・フュージョン作品はブラジル出身のセルジオ・ブランダンの担当。というわけでサル・クエバスがレギュラー扱いなのが不思議な感もあるが、存在感はたっぷり示している。とくに素晴らしいのがナタリー・コールのヒットチューンの「ラ・コスタ」。曲の良さもさることながら、ここでのベースプレーは一際感動的で泣ける。インターアメリカンバンドには欠かせないベーシストだったことは間違いない。
余談ながら、ホルヘ・ダルトはジョージ・ベンソンの『ブリージン』の大ヒットをお膳立てした1人としても名高いアルゼンチン出身のミュージシャン。ティト・プエンテに重用されてアフロ/キューバン・ジャズを演奏したり、片やフローラ・プリム&アイルト・モレイラ夫妻のバンドでブラジル音楽を演奏したりとオールマイティのスーパー・ピアニストにして作編曲者だった。母国ではアストル・ピアソラからの誘いも受けている。そう考えると、この作品をリリースした2年後に39歳で亡くなってしまったことが惜しまれる。ユーチューブに上がっているフォルクローレでお馴染みの『花祭り』(El Humahunaqueno)での壮絶なソロやピアソラ作品等を収めた『ソロ・ピアノ』を聴くと、一連のフュージョン作品では肝心なアルゼンチン成分が抜けていたことが真に惜しまれる。
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