なおみさん日記 http://ameblo.jp/ambassadorsoflight/entry-11066767919.html
11日、夜7時半にアムステルダム到着。
ハンスの家に向かい、用意してくれていたお寿司を食べました。
世界中から集めた家具や絵画など素敵なインテリアでした。
広い庭があって、大きなクリスタルが置いてあり エネルギーが集まってくるのか、オーブがたくさん写りました。
さすがにみんな疲れていたので、お茶を飲んで、すぐにホテルに 向かいました。
翌日、12日は朝からアムステルダム散策。
中心から、運河沿いにのんびり歩きました。
散策を始める前にレイが場所についてチャネリングをしました。
アムステルダムはエネルギー場の強い位置にあるので本来この場所に住む人の意識が向上しやすいのですが
人々が個々に啓発されることを防ぐために支配者側が麻薬を はびこらせた、というようなことを言っていました。
なので、意識的に光を降ろしながら街を歩くように、とのこと。
初めてのアムステルダムでしたが、高層ビルが立ち並ぶ大都市の一つだと思ってたら、大間違い!
歩いてみると古い建物がひしめき合っている中世の面影を残した街並みで、
車も人も少なく、空気がとてもきれいでした。 急いでいる人も少なく、表情もリラックスしています。
運河が張り巡らされているので、エネルギーの流れもいいようです。 しばらくいたいと思える街でした。
ハンスが面白い場所があるよ、といってアーチをくぐって道の狭い居住区を案内してくれました。
その区画は未亡人救済のために教会が立てた建物で無料で食べ物が支給されたそうですが、
生活そのものが キリスト教に沿ったものに制限されていたそうです。
そのあたりに教会のひとつに入りました。
入るとすぐ、マグダラのマリアのエネルギーを感じました。
女性性の受容の資質を持ちながらも現実的な行動力を促す芯の通った力強いエネルギーです。
何世紀か前に奇跡が起きたことで有名になった教会だそうですが
皆それぞれ感じることがあったらしくしばらく中で静かに過ごしました。
レイは聖母マリアのエネルギーがいる、といってチャネリングをはじめました。
数人がこの場所と関わっていたらしく、エネルギーを統合するためにきたようでした。
実際に聖母マリアの教会だったそうですが
私にとっては、逆境に負けずに自分や家族を守る未亡人をサポートしてきた
中性的なマグダラのマリアのエネルギーを経験できた面白い場所になりました。
次は町の中心にある大きな教会へ。
運河の中心に位置する、シンボル的な教会とあって荘厳な建物です。
入るとレンブラントの絵が飾ってある一角がありました。
赤ちゃんと、本を読みながら赤ちゃんをあやす母親。 となりで父親が仕事をしています。
上には天使が二人、白い光に包まれて赤ちゃんを見守っています。
レンブラントって、こんな風に違う次元への ゲートが見えていたのね、と皆で言いながら歩き始めると
なんだか足元がざわざわします。
床を見るとタイルにところどころ、名前が書かれた場所があります。
「有名な司祭のお墓だよ」とハンスが教えてくれました。 地下で何かが騒いでいるような感覚がありましたが・・・
周りの皆も、下が気になるようで、立ち止まって床を見ています。
お墓だと伝えると、なるほど~、と頷いていました。
既にお墓だと知っていて自分と関連のある人物を探して 一つ一つのエネルギーを確認している人もいました。
エジプトに一緒に行った順子さんと、カイロ博物館でのミイラ探しみたい、と笑っていました。
次に遊覧船に乗り運河を回りました。
これじゃ、普通の観光みたいだね、なんて言いながらのんびり船から街並みを見ましたが
こうして効率的に街を回る必要があったのかもしれません。
ランチ後、ベルギーのブルージュへ。 中世の面影を残した、小さな町です。
アムステルダムを出るのが遅くなったので着いたのは夜8時。
ホテルは町の広場の近くにある古い建物で色々なエネルギーが詰まっていそうな感じ。
いよいよミステリーツアーの始まりです。
アムステルダムからモンサンミッシェルの途中のどこかに泊まることになっていて、
私は何となくでも名前を知っていたフランスのルーアンとか、アミアンがよかったのですが
ハンスがスピリチュアルな場所があるから、と勧めてくれたのがブルージュです。
それからベルギー料理の店に行き、部屋を怖がる間もなく寝てしまいました。
翌日、13日の朝、まずブルージュの街を歩きました。ハンスが見せたい教会が二つある、と言います。
16世紀あたりの建物が立ち並ぶ石畳の素敵な街並みなのですが
街に着いた時から何故か楽しめない感覚がありました。
中心近くの教会の高い塔を見たとき、マントを着たような男性が突き落とされるイメージがわいて、
いやな感じ・・・何かあるな、と思っていると、その建物の中にハンスが入っていきました。
やっぱりここか・・・と中に入ると、張り詰めたような、狂信的、支配的なエネルギーを感じます。
早速、自分に縁のあることもないことも、ここで起こったことは全て許し、解放することを意図しました。
その日の朝、順子さんは私がテンプル騎士団の一人で信頼していた仲間にしゃべりすぎる、
という理由で殺された夢をみて起きたそうです。
教会を出ると、皆が同じように感じ、また何人もが同じような解放のワークをしていたようです。
ハンスも「こんな忙しくなるとは思わなかった」と疲れきっていました。
この後で行くことになっていた教会はお葬式が行われていて入れませんでした。
ちょうど疲れていたのでそのまま車に向かい、モンサンミッシェルに向かうことになりました。
次回来たときには、もう少し明るく過ごせるといいと思います。
モンサンミッシェル
朝ブルージュを散策したので出発が少し遅くなり
夕焼けに間に合うといいね、と話しながら急いで
モンサンミッシェルへ向かいました。
フランスは小さな頃から憧れていて、大学でも仏文科を選んだのですが、語学留学で滞在したら
何故かとても抵抗を感じるようになり、すっかり興味が なくなってしまい勉強もやめてしまいました。
確か、人種差別を感じることが多かったこと、後は フランス料理が複雑すぎて馴染めなかったことも在ります。
天下のフランス料理の文句を言うなんて、恐れ多いのですが、
食べ物は当時の私にとって(今もですが)一番大切なものでした。
それでも、モンサンミッシェルも私にとってはピラミッドと同じく人生の中で一度は行きたかった場所。
複雑な前世がある場所らしく、とても重いエネルギーを感じる場所でもありその辺でもエジプトと似ていました。
モンサンミッシェルの島内の宿は古くて狭い建物が多いのですが
朝、瞑想することを考えて島内に泊まる事にしました。
島が見え始めた時には、車の中から歓声が上がりました。
チェックインして私たち家族の4人部屋だけ別の棟にあると言われ坂の上にあるその建物に行ってみると、
レイと、荷物を運んでくれていたニコが大笑いしているが聞こえてきました。
それから階段の下にいる私に「なおみ、素敵な隣人がいるよ!」と声をかけてきます。
部屋について、二人がニヤニヤしながら指差している窓を覗くと、目の前にお墓が広がっています。
目の前も目の前、本当に手が届きそうな場所なのです。
やはり今回の旅は幽霊のイニシエーションか・・・と半分涙目で、近くのレストランに向かいました。
場が浄化されて幽霊も近づかなくなる!と思いつき、
食事後、私たちの部屋に集まってもらってチャネリングをすることになりました。
最後にはミカエラが来て、ハッピーソングで終了。確かに部屋のエネルギーが変わりました。
くたくたに疲れてベッドに入ると、窓の外から、女の子(幽霊)が部屋の中を覗いているイメージがわきました。
でも、きれいな青い光に照らされていて、悪いエネルギーを感じません。
意識を移して、お墓を除いてみるみるとお墓も青い光で照らされていていやな感じがありません。
そうか、ここは大天使ミカエルの光で満たされているから
ネガティブに思えるものもネガティブな作用がないのか、と思いました。
翌日、6時過ぎに目が覚めるとまだ外は真っ暗。
外を歩くと、人影もなくひっそりしていましたが
前日の夜の騒然とした空気からは感じられなかった荘厳な場のエネルギーが感じられました。
それから皆で集まり、海に近い、人気のない階段に座りチャネリングをはじめました。
初めてすぐ、海からゴウゴウという音が聞こえ潮が満ちていくのが見えました。
一つ一つの細胞に色を取り入れていくDNAを活性化のエクササイズでしたが、
場のエネルギーもあってとてもパワフルな瞑想になりました。
終わるとすっかり明るくなっていて、ホテルに戻って本場のクロワッサンをカフェオレの朝食を堪能しました。
それから修道院へ向かいました。
頂上の教会はとても拡大されていて、普通の教会のエネルギーとはまったく別のものでした。
まだ朝早かったので、そんなに人がいません。カメラを覗くとたくさんのオーブが映っています。
もっと重いエネルギーを想像していたのに、ゲートウェイのように
天使たちが来る人を次の段階へと進めるための準備をしてくれている場所のようです。
座って目を閉じると、ここでは全てを解放できるように感じました。
一応、解放する努力はしてきたのですが、みぞおちの辺りが熱くなり何かが動いています。
すると、レイを許そう、という考えが浮かびました。
レイを許す?
許すなんていったら、なんかレイが悪い人みたい。 自分のパートナーで。尊敬もしているはずなのに・・・
と思ったら涙が溢れてきました。
そう思いながらも、レイに対する様々な感情が沸いてきます。
パートナーでありながら自分を分かってくれない、という苛立ち 悲しみ、不甲斐なさ。
そしてそれを感じている自分を惨めに思う気持ち。
そうか、私はこんな感情を自分の奥に隠していたんだ、と気づきました。
レイに対するネガティブな感情を「持ってはいけないもの」として無視していたようです。
レイは良い人ですが、インド人と日本人の本質的な違いや性格の違いで生活上は様々な葛藤があります。
友人に不満を聞いてもらうことでストレスは解放しているものと思っていましたが
心のどこかで、レイは許す対象であってならない、許せないのは自分が悪いから、
それは認めてはいけないと言う制限を自分に課していたようなのです。
レイを責めている、実際の自分がいたのに、その感情は否定されて行き場がなかったのかもしれません。
レイを許すと決めたら、許せなかった自分も許せることになったようで
涙が止まって我に返ると、違和感を感じていたみぞおちのあたりが軽くなっていました。
私って、どんな私でも、私で良いんだ、という深い安堵感が残りました。
頭ではそんなこと、分かりきっていることだったのですが
体や感情体はそうではなかったということなのかもしれません。
教会の中では皆それぞれ、座って瞑想したり、ヒーリングを受けたり、私のように泣いていたり・・・
それぞれの人に適切なことが起こったようです。
修道院は大きく、出口までにしばらく時間がかかりました。
監獄としても使われていたというだけあって、かなり重い空気の場所もあります。
途中でそれまでとは変わって、穏やかな礼拝堂があったので座ってみるとマグダラのマリアのチャペルでした。
ここで、受け取ったエネルギーの補強ができるようでした。
マグダラのマリアの、人に何を言われても相手を許していたその器の大きさを感じました。
一度は行かなくては、と思っていたものの、実際に来る前は
モンサンミッシェルを思い浮かべると何となく暗く、重い気持ちになり、
重なって見えるヴィジョンも、規則に従うことに疲れた、それでも何も出来ない修道女や、
失敗が怖くて、人前でびくびくしている男性など、かなりネガティブなものでした。
それも過去のことのようで、修道院を出るまでにはとても前向きになっていました。
その後、チェックアウトのために部屋に戻りました。
荷造りがあったので、私一人で最初に戻ったのですが、
鍵を開け何か音がすると思ったら、テレビがついていました。
旅行中はほとんどテレビを見ないし、レイも特に朝は
脳を受動的にして創造力が低下するから、といって嫌がるので見ないことになっています。
消そうとしてリモコンを探していると、 ふと、私の姉が、付き合っていた彼の家では、
お墓参りに行かないと勝手にテレビがつくことがよくあって、
それが行く時期を示すサインのようなもの、と言っていたことを思い出しました。
サイン?
部屋を見回すと、何か、誰かに見られているような、いないような・・・
ルーム係が掃除をしようとして、荷物があるから諦めたけど
ちょっと待とうと思ってテレビをつけて消し忘れた、とか色々ストーリーを 考えてみましたが
部屋か、その周りにいた存在が、何もしなかったけど、
一応居たことはいたのよ、と伝えにきたと考えるのが妥当のようでした。
その後のランチのときだったか、ハンスが部屋(幽霊)は大丈夫だった?
と聞いてきたので、見えたけど、高次元の青い光に照らされていて 怖くなかったよ、と伝えると、
うれしそうに、青い光が見えたの? 僕も昨夜、島全体に青い光を流したんだよ、と言っていました。
いづれにしても、「怖くない幽霊」を経験できたのはとても新鮮でした。
家族との別れ
さて、モンサンミッシェルからレイや子供達はオランダに戻り、私たちはイギリスに向かいます。
いつも子供がいるので忙しく、なかなか瞑想などに集中できなかったので
一人になれるのを楽しみにしていました。
サンマロ港に向かうために駐車場に戻る途中、最後だからイラフと遊んでおこうと思うのですが、
他の遊びに夢中になり、私と目をあわせようとしません。
彼も、しばらく母親と離れるって潜在的に分かっているので(一応、伝えておきました)
それが彼なりの準備だったのかもしれませんが、私にとっては中途半端な別れになり、
車の中ではめそめそ泣いてハンスに励まされる始末。
あんなに子供から解放されることを楽しみにしていたのに 人間て、本当にないものねだりです。
しまいには、彼らがオランダまでの高速道路で交通事故にあって
私一人で日本に帰るというようなストーリーまで頭に浮かび始めたので 頭をイギリスに移すことに集中しました。
そんな状況を察したのか、フェリーの中で黒野さんから 「今回は最後の別れじゃないから、大丈夫。」と ぴしゃり。
フェリーの中で、これまでのことについて考えていました。
出来事や経験って、本当にいくつもの側面があるのだということ。
イギリスに行くことは、一人になれることのうれしさと、子供達と別れるさみしさの両面があるし、
自立への憧れも、満足感と不安の両方を経験することになるのだな、と。
いずれにしても、経験しなければ始まらないので、経験させてもらえることに感謝です。
サンマロ港からのフェリーをジャージー島で乗り換え、イギリスのプール港に向かいます。
着いたのは夜中の12時。
港町のホテルでイギリスのナタリーとその両親と合流、イギリスの旅の始まりです。
11日、夜7時半にアムステルダム到着。
ハンスの家に向かい、用意してくれていたお寿司を食べました。
世界中から集めた家具や絵画など素敵なインテリアでした。
広い庭があって、大きなクリスタルが置いてあり エネルギーが集まってくるのか、オーブがたくさん写りました。
さすがにみんな疲れていたので、お茶を飲んで、すぐにホテルに 向かいました。
翌日、12日は朝からアムステルダム散策。
中心から、運河沿いにのんびり歩きました。
散策を始める前にレイが場所についてチャネリングをしました。
アムステルダムはエネルギー場の強い位置にあるので本来この場所に住む人の意識が向上しやすいのですが
人々が個々に啓発されることを防ぐために支配者側が麻薬を はびこらせた、というようなことを言っていました。
なので、意識的に光を降ろしながら街を歩くように、とのこと。
初めてのアムステルダムでしたが、高層ビルが立ち並ぶ大都市の一つだと思ってたら、大間違い!
歩いてみると古い建物がひしめき合っている中世の面影を残した街並みで、
車も人も少なく、空気がとてもきれいでした。 急いでいる人も少なく、表情もリラックスしています。
運河が張り巡らされているので、エネルギーの流れもいいようです。 しばらくいたいと思える街でした。
ハンスが面白い場所があるよ、といってアーチをくぐって道の狭い居住区を案内してくれました。
その区画は未亡人救済のために教会が立てた建物で無料で食べ物が支給されたそうですが、
生活そのものが キリスト教に沿ったものに制限されていたそうです。
そのあたりに教会のひとつに入りました。
入るとすぐ、マグダラのマリアのエネルギーを感じました。
女性性の受容の資質を持ちながらも現実的な行動力を促す芯の通った力強いエネルギーです。
何世紀か前に奇跡が起きたことで有名になった教会だそうですが
皆それぞれ感じることがあったらしくしばらく中で静かに過ごしました。
レイは聖母マリアのエネルギーがいる、といってチャネリングをはじめました。
数人がこの場所と関わっていたらしく、エネルギーを統合するためにきたようでした。
実際に聖母マリアの教会だったそうですが
私にとっては、逆境に負けずに自分や家族を守る未亡人をサポートしてきた
中性的なマグダラのマリアのエネルギーを経験できた面白い場所になりました。
次は町の中心にある大きな教会へ。
運河の中心に位置する、シンボル的な教会とあって荘厳な建物です。
入るとレンブラントの絵が飾ってある一角がありました。
赤ちゃんと、本を読みながら赤ちゃんをあやす母親。 となりで父親が仕事をしています。
上には天使が二人、白い光に包まれて赤ちゃんを見守っています。
レンブラントって、こんな風に違う次元への ゲートが見えていたのね、と皆で言いながら歩き始めると
なんだか足元がざわざわします。
床を見るとタイルにところどころ、名前が書かれた場所があります。
「有名な司祭のお墓だよ」とハンスが教えてくれました。 地下で何かが騒いでいるような感覚がありましたが・・・
周りの皆も、下が気になるようで、立ち止まって床を見ています。
お墓だと伝えると、なるほど~、と頷いていました。
既にお墓だと知っていて自分と関連のある人物を探して 一つ一つのエネルギーを確認している人もいました。
エジプトに一緒に行った順子さんと、カイロ博物館でのミイラ探しみたい、と笑っていました。
次に遊覧船に乗り運河を回りました。
これじゃ、普通の観光みたいだね、なんて言いながらのんびり船から街並みを見ましたが
こうして効率的に街を回る必要があったのかもしれません。
ランチ後、ベルギーのブルージュへ。 中世の面影を残した、小さな町です。
アムステルダムを出るのが遅くなったので着いたのは夜8時。
ホテルは町の広場の近くにある古い建物で色々なエネルギーが詰まっていそうな感じ。
いよいよミステリーツアーの始まりです。
アムステルダムからモンサンミッシェルの途中のどこかに泊まることになっていて、
私は何となくでも名前を知っていたフランスのルーアンとか、アミアンがよかったのですが
ハンスがスピリチュアルな場所があるから、と勧めてくれたのがブルージュです。
それからベルギー料理の店に行き、部屋を怖がる間もなく寝てしまいました。
翌日、13日の朝、まずブルージュの街を歩きました。ハンスが見せたい教会が二つある、と言います。
16世紀あたりの建物が立ち並ぶ石畳の素敵な街並みなのですが
街に着いた時から何故か楽しめない感覚がありました。
中心近くの教会の高い塔を見たとき、マントを着たような男性が突き落とされるイメージがわいて、
いやな感じ・・・何かあるな、と思っていると、その建物の中にハンスが入っていきました。
やっぱりここか・・・と中に入ると、張り詰めたような、狂信的、支配的なエネルギーを感じます。
早速、自分に縁のあることもないことも、ここで起こったことは全て許し、解放することを意図しました。
その日の朝、順子さんは私がテンプル騎士団の一人で信頼していた仲間にしゃべりすぎる、
という理由で殺された夢をみて起きたそうです。
教会を出ると、皆が同じように感じ、また何人もが同じような解放のワークをしていたようです。
ハンスも「こんな忙しくなるとは思わなかった」と疲れきっていました。
この後で行くことになっていた教会はお葬式が行われていて入れませんでした。
ちょうど疲れていたのでそのまま車に向かい、モンサンミッシェルに向かうことになりました。
次回来たときには、もう少し明るく過ごせるといいと思います。
モンサンミッシェル
朝ブルージュを散策したので出発が少し遅くなり
夕焼けに間に合うといいね、と話しながら急いで
モンサンミッシェルへ向かいました。
フランスは小さな頃から憧れていて、大学でも仏文科を選んだのですが、語学留学で滞在したら
何故かとても抵抗を感じるようになり、すっかり興味が なくなってしまい勉強もやめてしまいました。
確か、人種差別を感じることが多かったこと、後は フランス料理が複雑すぎて馴染めなかったことも在ります。
天下のフランス料理の文句を言うなんて、恐れ多いのですが、
食べ物は当時の私にとって(今もですが)一番大切なものでした。
それでも、モンサンミッシェルも私にとってはピラミッドと同じく人生の中で一度は行きたかった場所。
複雑な前世がある場所らしく、とても重いエネルギーを感じる場所でもありその辺でもエジプトと似ていました。
モンサンミッシェルの島内の宿は古くて狭い建物が多いのですが
朝、瞑想することを考えて島内に泊まる事にしました。
島が見え始めた時には、車の中から歓声が上がりました。
チェックインして私たち家族の4人部屋だけ別の棟にあると言われ坂の上にあるその建物に行ってみると、
レイと、荷物を運んでくれていたニコが大笑いしているが聞こえてきました。
それから階段の下にいる私に「なおみ、素敵な隣人がいるよ!」と声をかけてきます。
部屋について、二人がニヤニヤしながら指差している窓を覗くと、目の前にお墓が広がっています。
目の前も目の前、本当に手が届きそうな場所なのです。
やはり今回の旅は幽霊のイニシエーションか・・・と半分涙目で、近くのレストランに向かいました。
場が浄化されて幽霊も近づかなくなる!と思いつき、
食事後、私たちの部屋に集まってもらってチャネリングをすることになりました。
最後にはミカエラが来て、ハッピーソングで終了。確かに部屋のエネルギーが変わりました。
くたくたに疲れてベッドに入ると、窓の外から、女の子(幽霊)が部屋の中を覗いているイメージがわきました。
でも、きれいな青い光に照らされていて、悪いエネルギーを感じません。
意識を移して、お墓を除いてみるみるとお墓も青い光で照らされていていやな感じがありません。
そうか、ここは大天使ミカエルの光で満たされているから
ネガティブに思えるものもネガティブな作用がないのか、と思いました。
翌日、6時過ぎに目が覚めるとまだ外は真っ暗。
外を歩くと、人影もなくひっそりしていましたが
前日の夜の騒然とした空気からは感じられなかった荘厳な場のエネルギーが感じられました。
それから皆で集まり、海に近い、人気のない階段に座りチャネリングをはじめました。
初めてすぐ、海からゴウゴウという音が聞こえ潮が満ちていくのが見えました。
一つ一つの細胞に色を取り入れていくDNAを活性化のエクササイズでしたが、
場のエネルギーもあってとてもパワフルな瞑想になりました。
終わるとすっかり明るくなっていて、ホテルに戻って本場のクロワッサンをカフェオレの朝食を堪能しました。
それから修道院へ向かいました。
頂上の教会はとても拡大されていて、普通の教会のエネルギーとはまったく別のものでした。
まだ朝早かったので、そんなに人がいません。カメラを覗くとたくさんのオーブが映っています。
もっと重いエネルギーを想像していたのに、ゲートウェイのように
天使たちが来る人を次の段階へと進めるための準備をしてくれている場所のようです。
座って目を閉じると、ここでは全てを解放できるように感じました。
一応、解放する努力はしてきたのですが、みぞおちの辺りが熱くなり何かが動いています。
すると、レイを許そう、という考えが浮かびました。
レイを許す?
許すなんていったら、なんかレイが悪い人みたい。 自分のパートナーで。尊敬もしているはずなのに・・・
と思ったら涙が溢れてきました。
そう思いながらも、レイに対する様々な感情が沸いてきます。
パートナーでありながら自分を分かってくれない、という苛立ち 悲しみ、不甲斐なさ。
そしてそれを感じている自分を惨めに思う気持ち。
そうか、私はこんな感情を自分の奥に隠していたんだ、と気づきました。
レイに対するネガティブな感情を「持ってはいけないもの」として無視していたようです。
レイは良い人ですが、インド人と日本人の本質的な違いや性格の違いで生活上は様々な葛藤があります。
友人に不満を聞いてもらうことでストレスは解放しているものと思っていましたが
心のどこかで、レイは許す対象であってならない、許せないのは自分が悪いから、
それは認めてはいけないと言う制限を自分に課していたようなのです。
レイを責めている、実際の自分がいたのに、その感情は否定されて行き場がなかったのかもしれません。
レイを許すと決めたら、許せなかった自分も許せることになったようで
涙が止まって我に返ると、違和感を感じていたみぞおちのあたりが軽くなっていました。
私って、どんな私でも、私で良いんだ、という深い安堵感が残りました。
頭ではそんなこと、分かりきっていることだったのですが
体や感情体はそうではなかったということなのかもしれません。
教会の中では皆それぞれ、座って瞑想したり、ヒーリングを受けたり、私のように泣いていたり・・・
それぞれの人に適切なことが起こったようです。
修道院は大きく、出口までにしばらく時間がかかりました。
監獄としても使われていたというだけあって、かなり重い空気の場所もあります。
途中でそれまでとは変わって、穏やかな礼拝堂があったので座ってみるとマグダラのマリアのチャペルでした。
ここで、受け取ったエネルギーの補強ができるようでした。
マグダラのマリアの、人に何を言われても相手を許していたその器の大きさを感じました。
一度は行かなくては、と思っていたものの、実際に来る前は
モンサンミッシェルを思い浮かべると何となく暗く、重い気持ちになり、
重なって見えるヴィジョンも、規則に従うことに疲れた、それでも何も出来ない修道女や、
失敗が怖くて、人前でびくびくしている男性など、かなりネガティブなものでした。
それも過去のことのようで、修道院を出るまでにはとても前向きになっていました。
その後、チェックアウトのために部屋に戻りました。
荷造りがあったので、私一人で最初に戻ったのですが、
鍵を開け何か音がすると思ったら、テレビがついていました。
旅行中はほとんどテレビを見ないし、レイも特に朝は
脳を受動的にして創造力が低下するから、といって嫌がるので見ないことになっています。
消そうとしてリモコンを探していると、 ふと、私の姉が、付き合っていた彼の家では、
お墓参りに行かないと勝手にテレビがつくことがよくあって、
それが行く時期を示すサインのようなもの、と言っていたことを思い出しました。
サイン?
部屋を見回すと、何か、誰かに見られているような、いないような・・・
ルーム係が掃除をしようとして、荷物があるから諦めたけど
ちょっと待とうと思ってテレビをつけて消し忘れた、とか色々ストーリーを 考えてみましたが
部屋か、その周りにいた存在が、何もしなかったけど、
一応居たことはいたのよ、と伝えにきたと考えるのが妥当のようでした。
その後のランチのときだったか、ハンスが部屋(幽霊)は大丈夫だった?
と聞いてきたので、見えたけど、高次元の青い光に照らされていて 怖くなかったよ、と伝えると、
うれしそうに、青い光が見えたの? 僕も昨夜、島全体に青い光を流したんだよ、と言っていました。
いづれにしても、「怖くない幽霊」を経験できたのはとても新鮮でした。
家族との別れ
さて、モンサンミッシェルからレイや子供達はオランダに戻り、私たちはイギリスに向かいます。
いつも子供がいるので忙しく、なかなか瞑想などに集中できなかったので
一人になれるのを楽しみにしていました。
サンマロ港に向かうために駐車場に戻る途中、最後だからイラフと遊んでおこうと思うのですが、
他の遊びに夢中になり、私と目をあわせようとしません。
彼も、しばらく母親と離れるって潜在的に分かっているので(一応、伝えておきました)
それが彼なりの準備だったのかもしれませんが、私にとっては中途半端な別れになり、
車の中ではめそめそ泣いてハンスに励まされる始末。
あんなに子供から解放されることを楽しみにしていたのに 人間て、本当にないものねだりです。
しまいには、彼らがオランダまでの高速道路で交通事故にあって
私一人で日本に帰るというようなストーリーまで頭に浮かび始めたので 頭をイギリスに移すことに集中しました。
そんな状況を察したのか、フェリーの中で黒野さんから 「今回は最後の別れじゃないから、大丈夫。」と ぴしゃり。
フェリーの中で、これまでのことについて考えていました。
出来事や経験って、本当にいくつもの側面があるのだということ。
イギリスに行くことは、一人になれることのうれしさと、子供達と別れるさみしさの両面があるし、
自立への憧れも、満足感と不安の両方を経験することになるのだな、と。
いずれにしても、経験しなければ始まらないので、経験させてもらえることに感謝です。
サンマロ港からのフェリーをジャージー島で乗り換え、イギリスのプール港に向かいます。
着いたのは夜中の12時。
港町のホテルでイギリスのナタリーとその両親と合流、イギリスの旅の始まりです。