夜間中学スピリット
現在、政府は全都道府県と全政令市に少なくとも1校の公立夜間中学を設置することを政策目標の一つに掲げています。
実際の夜間中学開設の歩みは、政府が期待したほど速くはないものの、それでも徐々に開設が進みつつあります。
義務教育を十分に受けていない人たちは全国に膨大な数で存在し、その人たちは教育を十分に受けていないがゆえに、生きていくうえでたいへんな苦難に直面しています。
そういった人たちにとっての学びの場、学び直しの場ができていくこと自体はたいへん喜ばしいことです。
ただし、このように夜間中学が増設されていく時期にあたって注意しなければならない重要な課題があります。
それは、夜間中学における教育の質を問う必要があるということです。
単に夜間という時間帯に授業を行えば夜間中学になるというものではありません。
夜間中学スピリットがその場の皆に、特に教職員の皆に共有された空間が夜間中学であると言えます。
では、夜間中学スピリットとは何か。
いくつかの要素を含むと思われますが、核心をなすのは、教師が生徒・学習者から謙虚に・真剣に学ぶ姿勢を貫くことだと思います。
何を学ぶのか。一人ひとりの生徒・学習者が、どのような背景事情をもって生きてきて、それとの関係でどのような学びを必要としているのか、その学びの必要に正面から応えるにはどのような働きかけをするのが最も適切なのか、そのために自分はどう変わらなければならないか、といったことを深く問うことであろうと思います。
この真剣な応答性の根底には、生徒・学習者の人としての尊厳に対する敬意があり、また、その人に対する深い人間的関心があります。
「花咲け出愛」という言葉を作った故・塚原雄太先生は、「出愛」の「愛」は誤字ではないかと問われて、「愛があって出会うのだ」と答えたと言われています。
たしかに、初めて訪れたコンビニのレジで対応してくれた店員さんと「出会った」とは普通言いません。
そのように、その人に対する深い人間的関心・共感や深い慈しみの感情を伴うような関わりだけが「出会い」の名に値します。
「出会い」は人生における貴重な体験です。
そのような「出会い」が夜間中学には満ちています。
どの生徒・学習者も自分が人として大事にされているとしみじみ実感できるような体験を重ねていきます。
この人間的要素が基盤にあることで、それまで逆境の中で生きてきた学習者は自分に対する自信や人と関わる勇気を培っていきます。
夜間中学校での学びにおいては読み書き計算といった通常の学力形成だけでなく、このような側面の学びが決定的に重要です。
両者があいまってその人の生き方を作っていくからです。
この夜間中学スピリットを、ある自主夜間中学は「生徒が主役」というモットーで表現し、別の自主夜間中学は「ともに生きる、ともに学ぶ」というモットーで表現し、また別の自主夜間中学は「来るもの拒まず」というモットーで表現しています。それぞれに深い含蓄があり、私たちはこれらのモットーを参考にして夜間中学スピリットの内実、そのいろいろな側面を探求していくことが重要です。
義務教育機会確保法にもとづいて文部科学大臣が策定した基本指針の中には「既設の夜間中学等における教育活動の充実」という項目があり、その中で「個々の生徒のニーズを踏まえ」と明記されています。
つまり、「一人ひとりの学習者がどのような学びを必要としているかを正確に認識しなさい」という規範が立てられています。
この規範を踏まえて夜間中学における教育活動を充実させるために決定的に重要なことは、夜間中学スピリットの豊かな内実を一人ひとりの教職員が探求し実践することであると考えます。
これから開設される新しい夜間中学においてもこの夜間中学スピリットが力強く育っていくことを私たちは期待しています。
夜間中学校と教育を語る会
(2021年11月)
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