何気に頭の中、思いが走る?
お盆のこと考えたからか?
あの世にいったとき
こっちの記憶持って行くんやろか?
持っていかないと、父ちゃん母ちゃん、分からんしなぁ…
でも
記憶あっても、怨みつらみで
誰かを追っかける羽目になるやも知れんし?
いってみらんと分からんなぁ…(-_-;)
なんてことを…
今、目の先の地下鉄車内広告、家と同じ浄土真宗の寺の納骨堂募集は偶然よ(..)
話は飛び
さっき乗換駅前で見えた若者~
膝で頭を抱え込み地べたに座り込んでいた。
身なりはふつー。
膝を立てた両足真ん中にスマホを置いてる。
誰かの連絡を待っているのだろうか?
さて?
ささーっと仕事終えたら、合わなくなったメガネ作りに行かないと…
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ですよね~行ったことないとこ、アレコレ言っても想像の域を越えません!!
と、言うことは、何を言っても(想像しても)良いのかもね~(^q^)
実は今日、4月末に派遣されてきた来た方が、体調悪くされ少し休んでおられましたので、同じ部署の方にお尋ねしました。亡くなられたこと聞きました。
その方の笑顔が忘れられません。
よく、明日は我が身と話しますが、今日もやはり身近にある『死』のこと、考えさせられました。
オイラさんと同じく、今を精一杯ですね♪
オイラさんも、いつも私の独り言にお付き合いしていただき感謝です♪
何気に、ふと、ちらっと思ったこと、記しただけでした。
私のつぶやき日記から、いろいろ考えてくださり、アンコロ7さんの言葉をしっかり送ってくださり、ありがとうございました。
逆に、あらためて考えております♪
最初に人の死に遭遇したのは、父方の祖母でした。次に同じく同居していた伯母でしたが、いずれも小学生でしたので、当然のように受け止めたのかも知れません。
父は違いました。
正に、死んだら終わり…を教えてくれました。何となくですが、この後から、私の死生観も浮かび上がって来たように思います。(いろんな昔のこと、忘れておりますけれど)
その後、妹、母、次兄、今年の春に小さい頃から同居の叔父と見送りました。
なので?変な意味ではなくて、死はいつも私の側にあり、時々考えるのです。あの世とか、自分のその時とかをね。
アンコロ7さんも、同じですね。そして、あれやこれやとお考えになる。
なーんにも考えなければ良いのかも知れませんが、どっこい?人は考えることが使命のようにツクラレタのかもね(-_-;)
何気に生きていくことも、修行のように思います?
ふぅ~、先に逝ってる仏さまの供養もいい加減なのに、生意気書いてしまいましたね(_ _)
いつも、こうやって、考えさせていただき、ありがとうございます(^○^)
情報として伝わってきますが。
アチラの情報はないのでサッパリ?
お盆になるといろいろ話題になる事が多いですね。
アンコロさんの言う「死んだら…終り」と思って精一杯生きる事にします。
祖先や、アンに逢えるのかな、どこで、どうやって・・・、お互いに覚えているのかな…なんてことを考えるけど、死んだら終り・・・ですね。
ここ2年の間に、同級生の親友、恩師、そしてアンに死に別れた。
世の中は終り・・・と言った悲しみに襲われながら、でも世の中は何も変わらない。
ただもう二度と逢えないだけだ。
その人の存在が突然消える、でも太陽は何事もなかったように昇り、また沈む。
訃報とともに心は果て知れぬ悲しみに覆われるけど、やがて悲しみは薄らぎ、やがて懐かしい思い出に代わっていく。
人の心の仕組み(忘却)の不思議さよ。
死んだら終り、元素に帰るだけ…。
こんなことを感じるのは、アンコロ7の心に大きな欠陥がある…のかな。