今日は仕事帰りに(1時間休を取って)父の病院へ面会に行きました。
駅から徒歩20~25分程度。
丘陵のふもとに張り付くように建っているその病院への道は、最後は急な上り坂。
特に玄関前の車寄せまでのスロープがきついです。
2年前、急性大動脈解離の手術の後、母は、この病院のリハビリ病棟に入院しました。コロナ禍で面会禁止でしたが、何かしら用事を作って(洗濯物の受け渡しとか、母宛の手紙を届けるとか)毎日せっせと通っていた父(たぶん、病棟では有名人になっていたのではないかと・・・)が、「最後の坂がきついなあ」とこぼしていたのを思い出します。
スロープの下には調剤薬局があります。
退院した母は、自宅に帰り、月に1回、父に付き添ってもらって外来受診をするようになりました。
薬を貰いに行くために、病院の会計が終わった後、母を玄関のベンチで待たせて、父がスロープを行ったり来たりしていたそうです。
あんまり大変だから、「家まで届けてもらう(訪問調剤)ことにする?」なんて話もしていました。
「そのためには、一度、娘さんが病院に付き添って、薬局の人とも話してください」とケアマネさんに言われました。
そんな経緯があって、昨年12月25日、両親とともに病院に行きました。(父は、母の付き添いには、必ず自分も行くと言うのです。それが務めだと思っていたようです。)
その時、ああ、父は大変だなあ、父の負担を軽くしなくては・・・と、改めて思いました。
その矢先の、1月8日の父の脳梗塞。
遅かった・・・
もっと早く手を打っていれば・・・
後悔してもしきれません。
こんなことを思い出しながら、今日も坂を上りました。
父と上ったのは12月の寒い時だったけれど、今日はじわりと汗の吹き出す陽気。降り注ぐ紫外線も強く、これはこれできついですね。
父は、以前よりも少し気持ちが安定してきたように見受けられます。
コロナ感染拡大予防のために、入院してから1か月以上も面会ができなかったのですが、ここにきて面会解禁になったのも、いい効果を及ぼしているのではないかなと感じています。
以前ほど絶望の縁にいるわけでもなく、病院への不満もそれほどでもなく。
父曰く病院での扱われ方に自尊心を気付漬けられ「人権蹂躙だ!」と憤ってもいたのですが、温かく接してくださるスタッフの方も何人かいらっしゃると口にするようになりました。
なじんだ人に囲まれて、ここにずっといたい・・・
・・・のだそうです。
お父さん、それはできないの。この病院には150日までしかいられません。
という話は、ソーシャルワーカーさんからもしていただいているのですが、ちょっと理解できていないみたい。
病室を辞して、ソーシャルワーカーさんに会えたので父の言葉を伝えたら、
「あら、こんな病院はすぐに出たいとあんなに怒っていらっしゃったのに。でも、なじんでくださったのはよかったです。これから退院先を考えていきましょう。」とおっしゃってくださいました。
ベストが難しいならベターで。
父にとってのベストは、家で母と暮らすことでしょうが、それは現実的ではないと、今日、父も言っていました。
ならば、ベターを探そう。
病院の玄関に立つと、両親の住む町が一望できます。それは私の育った町でもあります。
今が決して幸せだとは思えませんが、そこから見る景色は好きです。
さて、どうしよう。
坂道を下りながら、考えました。
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