最近 世界農業遺産として認定された「静岡の茶草場」ってどんな場所なんだろうと
見てみたいなと思い・・・
9日(土)に、そうだ 粟ヶ岳周辺なら近いし行ってみるかなと
東へと 向かいました。 しかし・・・・生憎の天気で
浜松より 磐田市にある鶴ヶ池へ そして藤枝のPAへ その後 沼津のSAへと走り
(走行ルート)←クリックでGoogleマップ表示
今回は、その続きです。
↑ 沼津市より 国道1号を走り そのまま富士市に入りました。
沼津市の海岸は、千本松原がある付近から松がずっと海岸沿いに並んでいます。
この1号線は、箱根や伊豆よりの帰宅ルートとして何度も利用している道なので
どれぐらいの時間で静岡市までいけるのか だいたい判るので 帰宅時間に合わせ
高速で帰るより景色を眺めながら走るのが好きな私は よく利用します。
今回も まだ行ったことが無い場所にでも寄り道して帰ろうかなと思いながらね
そして おっ ここは見たことがないぞって 看板を見つけました。
(浮島ヶ原自然公園)←ク詳しいことは・・・クリック
しかし この公園 ゆっくりと見れそうもないので 諦めました。
でも富士市って 何度来ても煙突が多い街だなって感じますね。
まあ製紙工場が多いのでしかたありませんが
そして田子の浦港を過ぎた頃 次の看板を発見
1854年(安政元年)、日露和親条約締結交渉のため函館・大坂を経て下田を訪れた際、
安政東海地震による津波で大破、宮島村(現、富士市)沖で沈没したディアナ号の
錨とプチャーチン船長像があるとのこと
ならば 見にいくべぇって海岸方面へと入ったのですが
↑ おっ しらす干し屋さん発見 でも ディアナ号の錨って 何処にあるんだ??
帰宅後 調べてみると 住所:富士市三四軒屋緑道公園内となっていました。
看板を出すなら もっと判りやすくして欲しいんですけどねえ 残念でした。
で・・・この時 この近くの公園へと入っていたんです。
↑ もしや この公園に設置してあるんではと思ったんですよ。
←くりっくで拡大表示
↑ しかし 残念ながら この公園ではありませんでした。
看板には こちらの矢印があったんですけどねぇ
↑ まあ来てしまったので 少し歩いてから帰ります。
↑ 煙突からの煙 スゴイねぇ あとで調べると 製紙会社ではなく
ポリプラスチックスという ポリプラを扱っている会社だそうです。
なるほど熱で溶かさないといけませんからねえ
地元で暮らしている方には申し訳ないですが
こういう会社が日本の産業を支えていますからねぇ
煙突からの煙も最新技術で もう少しなんとかなるといいんだけどね
↑ ・・・っと 丁度 鳥の群れが通過しました。 Aの文字みたいです。
↑ この公園には 入道樋門(田子浦樋門)があるんですね
(入道樋門(田子浦樋門)バーチャル3D)←綺麗に作られてますね
↑ 丁度 耐震補強工事の真っ最中でした。
↑ 3.2mですか
東南海大地震の津波って こちらにも影響があるみたいですね
↑ その津波に耐えうるよう 強固な入道樋門にしてもらいたいですね
↑ 南側から
もう少し 公園を歩き 海岸に出てみますね
↑ あちゃ 何処の海岸も 同じような悪いことする人がいるんだね
↑ 我が家の近所と同じような野草ばかりでした。
↑ しかし海岸は違いますねぇ
ガッチリとした作りの堤防ですよ。
↑ 富士市の堤防って 高さもありガッチリとした作りだなって感じます。
↑ やはり 海岸線が近いですからねぇ
←クリックで拡大表示
↑ やはり 浜松と同じで堤防の先数十mで波打ち際となり テトラも投入してあります。
浜松の海岸も これぐらいガッチリとした堤防の方がいいのかも
浜松市の考えは 山の土を運び 盛り土をして堤防とすると言われていますが
予算上 しかたないのかな
↑ 左上で 蜘蛛がこちらを睨んでいるようです。
↑ でも 私 こちらの蝶を撮っているんですけど
↑ こいつ気が付いてないのか? 蜜を吸うのに夢中です、
・・・っと ここで数十分ほど時間を使い 大急ぎ戻ることに
富士市内でガソリンを補充し
↑ 蒲原の旧街道を通りぬけ
↑ 由比も通過
↑ 左手に清水港が見えてきました、
ここまで来れば あとは高速に乗るだけです。
ここからだと浜松まで 距離 82.2kmでETCで950円です。約1時間ですね
高速道路 やはり新東名に比べると 凸凹しているのが判りますね
軽自動車だとタイヤが小さく その振動が もろ伝わってきますからねぇ
中途半端な補修工事ってのじゃあなく 片面全部補修すれば 綺麗になるんだけど
やはり予算の都合ってのがあるからねぇ
↑ 浜松市市野にあるスーパーには夕方になる前に到着 丁度良い時間となりました。
ではこれにて
見てみたいなと思い・・・
9日(土)に、そうだ 粟ヶ岳周辺なら近いし行ってみるかなと
東へと 向かいました。 しかし・・・・生憎の天気で
浜松より 磐田市にある鶴ヶ池へ そして藤枝のPAへ その後 沼津のSAへと走り
(走行ルート)←クリックでGoogleマップ表示
今回は、その続きです。
↑ 沼津市より 国道1号を走り そのまま富士市に入りました。
沼津市の海岸は、千本松原がある付近から松がずっと海岸沿いに並んでいます。
この1号線は、箱根や伊豆よりの帰宅ルートとして何度も利用している道なので
どれぐらいの時間で静岡市までいけるのか だいたい判るので 帰宅時間に合わせ
高速で帰るより景色を眺めながら走るのが好きな私は よく利用します。
今回も まだ行ったことが無い場所にでも寄り道して帰ろうかなと思いながらね
そして おっ ここは見たことがないぞって 看板を見つけました。
(浮島ヶ原自然公園)←ク詳しいことは・・・クリック
しかし この公園 ゆっくりと見れそうもないので 諦めました。
でも富士市って 何度来ても煙突が多い街だなって感じますね。
まあ製紙工場が多いのでしかたありませんが
そして田子の浦港を過ぎた頃 次の看板を発見
1854年(安政元年)、日露和親条約締結交渉のため函館・大坂を経て下田を訪れた際、
安政東海地震による津波で大破、宮島村(現、富士市)沖で沈没したディアナ号の
錨とプチャーチン船長像があるとのこと
ならば 見にいくべぇって海岸方面へと入ったのですが
↑ おっ しらす干し屋さん発見 でも ディアナ号の錨って 何処にあるんだ??
帰宅後 調べてみると 住所:富士市三四軒屋緑道公園内となっていました。
看板を出すなら もっと判りやすくして欲しいんですけどねえ 残念でした。
で・・・この時 この近くの公園へと入っていたんです。
↑ もしや この公園に設置してあるんではと思ったんですよ。
←くりっくで拡大表示
↑ しかし 残念ながら この公園ではありませんでした。
看板には こちらの矢印があったんですけどねぇ
↑ まあ来てしまったので 少し歩いてから帰ります。
↑ 煙突からの煙 スゴイねぇ あとで調べると 製紙会社ではなく
ポリプラスチックスという ポリプラを扱っている会社だそうです。
なるほど熱で溶かさないといけませんからねえ
地元で暮らしている方には申し訳ないですが
こういう会社が日本の産業を支えていますからねぇ
煙突からの煙も最新技術で もう少しなんとかなるといいんだけどね
↑ ・・・っと 丁度 鳥の群れが通過しました。 Aの文字みたいです。
↑ この公園には 入道樋門(田子浦樋門)があるんですね
(入道樋門(田子浦樋門)バーチャル3D)←綺麗に作られてますね
↑ 丁度 耐震補強工事の真っ最中でした。
↑ 3.2mですか
東南海大地震の津波って こちらにも影響があるみたいですね
↑ その津波に耐えうるよう 強固な入道樋門にしてもらいたいですね
↑ 南側から
もう少し 公園を歩き 海岸に出てみますね
↑ あちゃ 何処の海岸も 同じような悪いことする人がいるんだね
↑ 我が家の近所と同じような野草ばかりでした。
↑ しかし海岸は違いますねぇ
ガッチリとした作りの堤防ですよ。
↑ 富士市の堤防って 高さもありガッチリとした作りだなって感じます。
↑ やはり 海岸線が近いですからねぇ
←クリックで拡大表示
↑ やはり 浜松と同じで堤防の先数十mで波打ち際となり テトラも投入してあります。
浜松の海岸も これぐらいガッチリとした堤防の方がいいのかも
浜松市の考えは 山の土を運び 盛り土をして堤防とすると言われていますが
予算上 しかたないのかな
↑ 左上で 蜘蛛がこちらを睨んでいるようです。
↑ でも 私 こちらの蝶を撮っているんですけど
↑ こいつ気が付いてないのか? 蜜を吸うのに夢中です、
・・・っと ここで数十分ほど時間を使い 大急ぎ戻ることに
富士市内でガソリンを補充し
↑ 蒲原の旧街道を通りぬけ
↑ 由比も通過
↑ 左手に清水港が見えてきました、
ここまで来れば あとは高速に乗るだけです。
ここからだと浜松まで 距離 82.2kmでETCで950円です。約1時間ですね
高速道路 やはり新東名に比べると 凸凹しているのが判りますね
軽自動車だとタイヤが小さく その振動が もろ伝わってきますからねぇ
中途半端な補修工事ってのじゃあなく 片面全部補修すれば 綺麗になるんだけど
やはり予算の都合ってのがあるからねぇ
↑ 浜松市市野にあるスーパーには夕方になる前に到着 丁度良い時間となりました。
ではこれにて