オメガねこ

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「多様性」 と 「自由」

2025年03月12日 | 法律
 「自由落下」とは、重力以外の影響を受けない落下を意味し、ニュートンの法則に従うことを言います。「自由」とは言っても法則内での自由であり、例えば、「自由行動」でも社会倫理(マナーも含む)に違反すれば「自由」は保証されません。

 つまり、「自由」とは、社会制度によらず「法の上位の倫理も受け入れる」ことで保障され、独裁国家よりも寧ろ「自由主義社会」のほうが、自己の責任が大きくなり「不自由」かもしれません。「自由落下」も、有無を言わさず「万有引力の法則」に従っていて、不自由状態と言えます。

 修学旅行や遠足での「自由行動」を考えれば子供でも理解できるのですが、一般にサヨクは「自由とは、何からも拘束されない状態」と思い込んでいるようで、自由に嘘・詭弁も言いたい放題ですω.ω

 宮城県の村井嘉浩知事は会見で、「県が土葬できる墓地を県内につくる検討を始めたことをめぐり、イスラム教徒への差別的な投稿がSNSで見られる」「特定の宗教を狙い撃ちした様なやり取りは非常に問題」と懸念を示したようです。

 また、村井知事は「元々、日本は土葬文化であり、キリスト教も土葬がベース。皇室もかつては土葬されていた。」・・・「日本に長く住む外国人だけでなく改宗した日本人の要望もあることを踏まえ、行政として考えていくべき大きな課題の一つ」と言いました。

 キリスト教徒が日本で「土葬」しているとは思えませんが、日本の「土葬文化」は、当時は火葬場が整備されていなかっただけであり、現在と比較するのは不適切です。昔の「慣例」が今でも許されるのなら、そのうち「ギロチン」「切腹」「さらし首」なども、宮城県で見られるかもしれませんω.ω

 イスラム教では「現世を罪深く過ごした人間は地獄の炎で焼かれる」とあり、火葬は禁忌とされています。しかしながら、実際に火葬するのは地獄ではなく「この世の担当者」で、一般に火葬されるのは罪人ではなく普通の人間です。自らが「罪人」と認め、この世は地獄と信じている人はさておいて、「イスラム教徒」は、神はイスラム教徒以外の人は救わないと信じているようで、宗教差別者と言えます。

 日本の「墓地、埋葬等に関する法律」によれば、土葬を行うには「市町村長の許可」が必要で、土葬墓地として許可された区域でのみ可能となるようです。知事にどれだけの権限が有るのかは分りませんが、法律に従うのなら反対しようが有りません。

 但し、現在の日本では火葬(99.97%)が主流であり、土葬(0.03%)を行うための墓地が非常に限られていて、衛生面や土地の確保の問題から、土葬を受け入れる墓地は少なく、都市部ではほぼ不可能とされています。

 他の宗教・宗派を認めないイスラム教徒(認める人は除く)は、「宗教差別」することを自ら認めていると言え、「自由主義国家(法律や倫理に拘束されている)の多様性」を否定しています。日本では「出国の自由」を認めているので、一様性の国で土葬したほうが良いと思います。