前回のブログ長すぎだよ…。長すぎてお腹いっぱいで次の記事読む力がないよ……。
ってみなさんこんにちは!
前回の記事でもうヘトヘトで二度と書く気がしないです、やる気がないです、硯コレクターの恵美です(─.─||)グッタリ
いでよ根性!!
と呪文をとなえながら今回もガシガシと書いていきます!
前回、硯とはどのようなものなのか、やんわりとお話ししました。
もちろん、ちゃんとノートはとってありますよね?( ̄ー ̄)
と言っても、あまりみなさんの日常には馴染みのない話だったと思います。
別世界の話だ俺には関係ねぇwwと思ったかもしれません。
ダメッ!
地球温暖化と硯は他人事じゃない自分事だよ!
という押しつけがましいポリシーのもと、今回も図々しく硯を語っていこうと思います。
私が
「書を学んでいます」
「硯が大好きです」
と言うと、みなさん
「じゃあ小さい頃から墨を磨ってらっしゃるんですか……?」
とおっしゃるんですけど、
ぜんっぜんそんなことありせん(°▽°)ドーン
いやですそんな小さい頃から墨を磨るなんてやってらんないです。そんなことしてまで字を書きたくないです。めんどくさいです。(本音ダダ流し)
小学生の頃は、通っていたお習字教室の墨磨り体験みたいな時にしか磨ったことはありません。もちろん学校でも磨ったことはありません。
そして今、大人になって硯を愛でて暮らしていて改めて思うのは、小学生が墨を磨るという行為は、ほぼ無意味に近いということ。
むっ、無意味だと…!?
待ってくれ…、小学生の頃やたら墨を磨らされたことあるんだが…!?
という方もいらっしゃるでしょう。
申し訳ないのですが、今回は心を鬼にして、言おうじゃないか!
それは
無意味だ━━(゚∀゚)━━ッッッ!!
小学生の時にみなさんが受けた書写の授業の、あれ、それ、こんなことがいかに無意味だったか、
硯で墨を磨る行為の仕組みを説明しながら、お話していきたいと思います。
(教育現場の方にブチ切れられそうです。怖いです。ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル)
あともう長く書くのは嫌なので(笑)、数回にわけて書いていきたいと思います!
この時点で長いんだけどね!どうしたもんかね!
まず大前提として、小学生の時、みなさんは書写の授業の時間ありましたよね?
なかったらなかったでそれはちょっと問題なんですけど、あったという体でお話を進めていきます。
私は出会った方に、必ずする質問がいくつかあって、その中にこんなのがあります。
ぜひみなさんも、心の中で返答しながら読み進めてみてください。
「小学生のときの硯って、プラスチックでしたか?石でしたか?」
「墨は磨りましたか?」
「(磨った場合)磨るのにどれくらい時間がかかりましたか?」
このあと、返答内容によってさらに色々質問をしていくのですが、とにかく私が訊きたいことは
・どのような方針で
・どのような道具の扱い方をし
・どのように先生が教えていたか
この3つです。
なんでこんな質問をするかというと、答えがみんな違うからです。同じ義務教育を受けたとは思えないくらい違っていて超面白いからです。
それもそのはず。なぜならば小学校の書写の時間って、先生によって三者三様だから。
教え方が先生によって違うっていうのは他の科目でもあるあるの話ではあると思うのですが、書写の授業はマジで違うんです。同じ学校、同じ学年、同じ教科書であっても先生によって、めちゃくちゃ異なるんです。
なぜ、書写だけがこんなにも異なるのか。
理由は、ただ一つで、
小学校の先生は
書に関して素人だから。
うぁぁぁぁぁ違うのー。゚(゚´Д`゚)゚。
別に世の先生方を批判したいわけではないのー。゚(゚´Д`゚)゚。石ぶつけないでー!
小学校の先生が書写の素人なのは当たり前の話なのです。
だって小学校のときって、音楽の先生、図工の先生って別にいたじゃないですか。
不思議なのは、書写の先生が別にいないことなのです。
変だよねー🤔🤔
高校になると芸術科目で、書道・音楽・美術に専門の先生がいるのにー🤔🤔🤔
(ぶっちゃけて言うと、素人でも高校書道の免許は取れるし、教えてるけど…コソコソ)
あらっ、大変!
こんな超中途半端なタイミングだけど、長く書きすぎちゃったみたい!(゚ο゚人))
では続きはまた(*・ω・)ノ