望遠鏡と顕微鏡~その嘘世界
テレビで流され電気的点滅信号の情報は皆さんを夢の世界に深く誘う様にプログラムされている。
例えば、映画や演劇あるいは音楽のステージを作り上げるには、その演出家が意図的にこういう雰囲気、こういう感情を引き起こすように、そのストーリーや背景や光や音をプログラムする。
意図的にプログラムしたものを私たちは観て、感情を揺さぶられ、怖くなったり、嬉しくなったり、悲しくなったりして涙を流し、最後には幸せになる。
実際には、何も起こっていないが、その演出家が皆さんにマジックをかけて、皆さんの頭は完璧に夢の中に誘われる。
映画を考えると分かりやすい。映画館に話題の映画を観に行く。椅子に座り、白いスクリーンに映像が映し出される。
その映像を観て、僕たちはハラハラしたり、驚いたり、怒りに震えたり、涙を流したり、心が暖かくなったりする。
もちろんそれは意図的に演出されたものであり、目の前では何も起こっていない。
ただ、あなたは椅子に2時間ほど座っているだけに過ぎない。
目の前で展開されているのは白いスクリーン上で光の三原色が点滅しているだけで、僕らが動いていると認識している映画の中の登場人物は動いてもいない。
それはただ光のドットが点滅し、ただ単に点滅している場所が違うだけである。僕らはそれを動いているように認識する。
その映画の中には確かに世界があり、動いて生きているように見え、実際に僕らは鳥肌が立ったり、身体が避けてしまったり、動悸がしたり、涙が出たり、心が暖かくなったりする。
これは光の点滅に僕らの身体が反応することを意味している。あなたの身体も心もハッキングされている。
映画が終わると、光の点滅が終了し、目の前には単に白いスクリーンだけがある。
これは映画を楽しむことに問題は何もない。それは単なる娯楽映画だと皆さんは認識しているからである。
確かにそうだ。
しかし、これがドキュメンタリーになると、皆さんの心に真実として入り込む。これはまさに光の点滅によるボディーマインドのハッキングだ。
悲惨なドキュメンタリーを観た後に、その感情がのちのちまであなたに影響を及ぼし、あなたの生活に深刻な状態をもたらすことがある。
娯楽映画でもドキュメンタリーでも、あなたの目の前には白いスクリーンに光が点滅しているに過ぎないのに。
ただ、映画のテロップにこれはノンフィクションですとか、事実に基づいたドキュメンタリーです。と記載されており、それをあなたは見たから起こったことである。
そのテロップも光の点滅に過ぎない。
それは、あなたの周り(現実)とは何の関係も無いのに、あなたの心は奪われ、身体はストレスに反応する。
こうやってあなたはプログラムされ幻想のマジックに誘導され深い眠りにつく。
帰宅して、テレビやインターネットをつけたときにまた、そのマジックははじまる。
ほら、こんな悲惨な出来事があるよ。今日も車が暴走して人を撥ねたよ。どこそこで人が切り付けられたよ。ミサイルが飛んできたよ。怖ろしい病気が蔓延しているよ。戦争が始まったよ。災害で人々が苦しんでいるよ。地球が温暖化して食糧危機が来るよ。税金が上がるよ。
それを無防備に観ているあなたは、心が常に忙しく、悲しい気持ちになる。なんとかしなければならないと思い出す。
しかし、あなたは光の点滅の心を奪われているだけで、実際はあなたは椅子に座っているだけなのです。
その心が苦しくなっているあなたは、可愛い赤ちゃんを抱っこしているかもしれません。
一体、あなたの幸せはどこにあるのでしょうか?
テレビを消して、周りを、見まわして下さい。そこに何がありますか?
皆さんは、テレビやインターネットという音と光の点滅機械によってコントロールされています。
これは完璧な装置です。ほとんどの人が心と身体を奪われています。そこで点滅している世界は望遠鏡と顕微鏡で観た世界です。
あなたが実際に見て体験できる世界ではありません。真実かどうかもわかりません。仮に真実であったとしても、それは全くあなたの現実とはいかなる接点もありません。
あなたが顕微鏡を持ち出し、あらゆる観察を行って見えない世界を見たとすれば、もはやあなたの周りには脅威しか存在しないでしょう。しかし、その脅威はミクロの世界の出来事で、見なければ何の脅威もあなたに齎(もたらす)ことはありません。
それと同じように望遠鏡で宇宙を見たときに、そこの無数の彗星を発見しました。これは地球に衝突するかもしれません。そのこととあなたの現世における生活と何の関係があるのでしょうか。
それは遥か遠く、そして拡大された世界です。拡大されている分、可視できる範囲は宇宙の中で本当にミクロの世界です。
人間が触ることも見ることも出来ない世界を見てこれは問題だというのは、マジック以外の何物でもありません。
なぜならその世界は、世界全体からすると超ミクロの出来事に過ぎないからです。
ですから、望遠鏡で拡大した世界と、電子顕微鏡で見ている世界は同じであり、どちらも超ミクロの世界になります。
そしてこの望遠鏡は人工衛星などに搭載され、テレビと接続されています。カメラが捉えて超狭い領域の情報がテレビからいかにも世界的問題のように報道されて、それを見た皆さんは深い夢のプログラムの世界に入り込みます。
これは大変なことが起きている。地下室を作らなければ、マスクをしなければ、周囲には病原菌だらけだ、除菌しなければ、注射をしなければ、昆虫を食べなければ、地球をなんとかしなければ、
世界中を顕微鏡や望遠カメラで拡大すればいくらでも大きな問題を作り出せます。
そして、憂鬱になったあなたがテレビやインターネットのスマホの7インチの画面を閉じて電源を落とせば、目の前には、単なる箱があり、そして可愛い赤ちゃんがいて、愛する猫ちゃんが、にゃーんと鳴いています。
外に出て空を見上げると青空が広がり、太陽の光が降り注ぎ、道端には可憐な小さな花が咲き、鳥が鳴き、暖かい風が吹いています。あなたはそこで深呼吸するととても気持ちが良いでしょう。
しかし、顕微鏡や望遠鏡で覗いた微小な存在するかもわからない世界の電子的な点滅に心と身体を奪われたあなたは、その目の前に広がる現実を認識することが出来ず、ため息をつきながら、足元の可憐な花を踏みつぶして歩いているのです。
私たちが最も大切にしないといけないことは、電子的な光の点滅ではなく、目の前に広がる世界です。
戦争をしている兵士が、銃で戦って地面に伏した時に見える青空や可憐な花は、僕らに現実とは何かを教えてくれるでしょう。
一体人間は何をしているのか、これほど陳腐な瞬間はないでしょう。
身の回りの幸せを考えてください。それは実際に目の届く範囲、歩いて移動できる範囲。身の回りにいる人と平和に暮らすことです。自分の身の回りに争いが無ければ戦争はおきません。
身の回りに身体や心に悪い不自然なものを置かないことです。飲食物に気を配り、家族や友人と仲良くすることです。
顕微鏡と望遠鏡の世界は一切関係ありません。それはとてもいい加減です。これが真実ですよと言うのです。たとえそれが真実だとしても、私たちが判断できる世界ではありません。
さらに、そのカメラは向ける方向を変えると、全くちがう情報と景色になります。
だから、全部嘘ですよ。
目を醒ますことです。そして、ゆっくりと深呼吸をして周囲を見渡すことです。
ほら、
もう何が真実か理解できたでしょう。
あなたはフィルター無しに、目の前の世界を観察しなければなりません。
2月度吉田カフェのお知らせ
普段話すことのない本質的で根源的な話をします。僕が書いた「自己中心論」から抜粋した「自律神経と健康と病気の仕組み」をお渡しします。
1.日時:2月26日(日) 10:30~15:00終了予定(延長あり)
2.場所:吉田鍼灸指圧治療院 都城市南横市町7879-2
3.参加費:お話会代として 500円
4.その他:飲食物はご持参ください。その場で僕が自家焙煎したコーヒーは用意します。
5.申し込み:Facebookのメッセンジャーか電話で予約下さい。
0986-23-8531
※遠方から来られる方は、当院に非常に近くて便利なホステルバブターズをお勧めします。 https://hostel-babters-miyazaki.jimdofree.com/
無症状という病気~自由を放棄した果て
病気にならない為には健康診断に通い、早期発見早期治療というのが常識とされています。
現代は、これがますます推し進められ、健康の概念が、無症状となりました。
無症状のうちに、病気を発見し病気にならない対策を講じようということです。
ですから、自分が健康であるかどうかという主観的な観点の健康と何ら関係が無く、症状が無いから健康であるかどうかわかならいということです。
そして無症状であり健康と幸せとは全く関係なく、無症状で病気を発見され、治療が始まり、一生薬を飲み、早期発見で助かった。
良かった。という様に、常に恐怖とセットになった幸せになります。
要するに健康と幸せは、完全に切り離されたということです。
つまり、健康と幸せは関係が無い。無症状の病気を発見し続けることと幸せは全く関係ありません。
ですから、薬を飲んで症状を抑えることが健康で幸せということです。
これは自分自身を信じてはいけないという、人間の持つ機能を否定することに繋がっていることに気づいているでしょうか。
あなたはののことはあなた自身ではわかりませんよ。
あなたの機能は頼りないのです。
あなたはあなた自身を信じてはいけません。さあ、検査をしましょう。どこか壊れているはずです。
そうやって健康の概念が消失し、遺伝子レベルから病気を見つけようとしています。
この考えがこのまま推し進められれば、そのうち、精神にも適応され、顔貌や体格、歩き方、表情、発汗、血液、遺伝子などから、この人は何か犯罪をおかしそうだから、犯罪を犯す前に逮捕しようという流れになります。
これはとんでもないように思えますが、同じ考えです。
つまり無犯罪犯罪者の摘発です。
バカバカしく無いのです。
人間は機械的に診断され、無用人間と確定されたら、処分されることになると思います。
それは安全安心の極致です。
人間はもはや感情も何もかも分析され、単なる部品となると思います。
それは教育の現場からすでに始まっています。子供たちはICT教育という名のもとに、何ら知識を得ることもできず、エンターキーを押したら決まった答えが導き出される。
そこには疑問や想像力や創造力など微塵もなく、ただ反応するコンピューター機械の媒体としてただ反応する有機的な生物が完成するだけです。
今現在、鳥インフルエンザが流行しているとのことです。そして、その無症状の鳥達はどうなっているでしょうか?
そうです、殺処分です。
これは私の住むところでも行われました。
鳥だけではありませんでした。過去には、牛や豚なども無症状で殺処分となりました。
今現在、どうですか。人間は無症状の風邪に怯えて、すべての人間としての機能を信じられなくなり、自分の自由をすべて放り投げ支配されました。
さて、このようなことを目の当たりにしたときに、何がこれから行われるのかについて、考える必要があります。
家畜にされたことは必ず人間に適用されます。
家畜は完全に監視管理され、行動も餌も選べません。病気になるまえに薬を投与され、それでも無症状の指定感染症で処分されます。
もっとも、病気にならなくても最終的には同じ運命を辿ります。
現世において、守るべきもの”自由”です。
無症状という概念は皆さんを家畜にするための手段です。
あなたはあなた自身を信じることが大切です。
そして、自由を守るには、自らを信じて、自らの自由を行使することです。
そのためには愛と勇気が大切です。
あんぱんまんより。
完全監視猫。
追記
しかし、現代医学は凄いな。無症状のうちに病気を発見して、無症状になる薬を処方され、その薬の副作用がでて、それを抑える薬で無症状にして、最終的には病気のオンパレードで終了。
副作用と副反応
薬には主作用と副作用がある。しかし、これはどちらも薬の主作用の一部である。
だから、僕は以前より薬を服用する際は、必ず副作用を確認してくださいと言っていた。
なぜなら、副作用が主作用だからです。
しかし、新型の風邪が流行して以来
(実際は新型の風邪など存在しない、あるのは電子的な遺伝子データと注射で作られたスパタンだけ)
副作用と言わず副反応と言う言い方に変化した。
これはまた言葉を変えて騙しに入ったなと僕は思っていたが、先日、当院を訪れた方が、ある講演に行ってきたと話してくれた。
その中で、講演されたある人が、この副作用と副反応の違いについて話してくれたそうだ。
副作用とはその薬の問題であり、副反応とは、薬の問題ではなく、その薬に反応した人の問題となる。
言葉を変えることにより、皆さんに問題をすり替えているのですよ。
この話を聞いて、なるほどと得心した。
この3年間で、病気の概念は大きく変化した。副作用は副反応となり、病気は無症状となった。これでもはや健康な人は存在しなくなった。
自分の身体は自分で管理してはいけない。自分で管理する人は、他人に迷惑をかける人である。
これは身体だけではなく、心も奪われている。少し行動が違う子供がいればそれは異常と見做される。
僕が知っている臨床心理士から話を聞いたが、ハイハイする赤ちゃんや、あかちゃんの遊び方を見て、精神障害を診断するそうだ。
早めに投薬すれば良いと。
もはや人間は家畜状態にあるので、完全管理監視状態を恐れる必要は無い。
もう完成している。
今般の風邪について僕は30冊以上(海外の書籍を含めて)読んできた(僕が見ている情報は本だけではない)
他にも注射を打つことを奨励する媚ナビやテレビにでる鬱屈医師の書籍も読んだ。
そういう非専門家の書籍を読んで思うことは、その方たち書籍には何ら読むべき価値を見出せないほど低レベルのことしか書いていないし、金太郎飴のような本で、その本を読んで、そうか注射しようとはならない。
さらに新型の風邪って怖ろしいとも記載されていない。
しかしながら、テレビでは恐怖を煽る。
彼らは間違いなく、そうやって逃げ道を用意している。きっと莫大なインセンティブを得ているのだろう。
実際にインセンティブ(研究費や講演料)を得ていることは表に出ている。
きつねに鶏小屋の番をさせている状態である。
風邪は存在するが、今のこの3年間は99.9%の確率で国家的鷺が行われている。
もう注射をしてしまった人で、気づきたくない人や、国やマスコミや医者を信じている人は、僕がここに記載したことを信じたくない人は、新型の風邪関係の書籍は一切読まないことをお勧めします。
ただし、京都大学名誉教授の福島氏はこう言っています。
これから大規模な訴訟となるので、注射をしたあと、これは注射により引き起こされたものだと思い当たるのであれば、必ずかかりつけの主治医、または注射を打った医師に申し入れをして下さい。
そういう記録が無ければ、訴訟に加わることも補償も一切受けることができません。
最後に、副作用と副反応のように、何らかの言葉の表現を変えることがあるときは、必ず意図があるということを認識してください。
言葉の変化は、すべての概念を変えます。