英陸は、中学・高校時代、この写真を手帳に入れて持ち歩いてました!?
今回は興味のある方だけ、お読みください。
「肥後400年の品格」
大げさなタイトルですが…
「品格」ブームに乗ってタイトルつけたところに、主催者の品格を疑ってしまいますぅ
さて、昨年から「熊本城築城400年」を記念して、いろんなイベントがあっとります。
←「400年祭」キャラクターの“ひごまる”です。あんまり可愛くない
彦根城400年祭キャラクターの“ひこにゃん”です。こちらはカワイイ~
4月30日には、なぜか玉三郎さんが「藤娘」踊ります。タダで見れます。
本丸御殿の再建、なかでも「昭君の間」の復元はけっこう全国ニュースでも流れてますね。
なぜ、「王昭君」が描かれたのでしょう?前漢の時代、悲劇の女性なのに…
いよいよ来月の6日で一連のイベントは終了するんですが、
「肥後400年の品格」というのは、3回にわたっておこなわれた、熊本の歴史を論ずるリレーシンポジウムのことです。
で、英陸はその最後「幕末・明治から今へと続く肥後スピリット」に、行ってきました。(4月19日)
いえね、ホラ、なんたって今をときめく「姜尚中(カン・サンジュン)」先生が、基調講演をするっていうんですもの。
熊本時代は「永野鉄男」さんでした。
超多忙な方ですから、「熊本出身」でなければ、来てもらえなかったかも。
そうです、姜尚中先生はもちろん在日2世ですが、熊本人でもあるんです。
今の、あのやさしい語り口からは想像もできませんが、昔は熊本弁で
「ぬしゃ、なんばしよっとや(君は何をしているの?)」
なんて、言ってたんですよねえ。
人気者の姜先生が出演する、というので募集650名のところ、全国から2000通もの応募があったそうな。
“追っかけ”もいるんだって。
この写真は、かなりナルシストっぽいですね
英陸は、ちょっと別ルートから入場券を手に入れました。ハイ、すみません。
さてさて、姜先生の基調講演は「今望まれる先覚者の品格」と題されたものだったのですが、
「熊本の歴史は、実は門外漢で…」と遠慮気味。テレビでおなじみの明快な理論展開は陰に潜めた感じで、自分が熊本に生まれた理由や、いくつかの問題提起をして終わりました。
時間も1時間弱でちょっと物足りなかったのですが、引き続いて行なわれたパネルディスカッションがおもしろかった!!
パネルディスカッションには、熊本の歴史に詳しい猪飼隆明先生(大阪大学名誉教授)と、瀬戸到誠先生(元熊本大学講師)のお二人も参加しました。
ディスカッションというよりは、瀬戸先生と猪飼先生が自分の研究分野から、維新に活躍した人材の話をしたので、それに大半の時間が裂かれてしまいました。
それに対して、姜先生は、「現代的な観点からかもしれませんが、どうしても気になることがあって…」と言って、問題提起。
①保守と革新の関連について;保守派に、開明性があり、革新派に守旧的な面があったのでは?
②右翼はどこから出てきたのか
③東アジア史の見直し;東アジアの中の日本、東京一極集中でない日本、熊本(地方)からの世界観の構築
以上にまとめられるかと思いますが、特に私は姜先生の右翼に対しての言及がおもしろかった。
姜先生は言いました。
「私は、そういった意味で、右翼がキライじゃない」
おっ!姜尚中、変節か!?
なんて先走ってはいけません。姜先生は「そういった意味で」と言ったので、
「そういった意味」が、大事です。
「そういった意味」とはどういう意味かといいますと、
「理想的な国家、公を求めるからこそ、現実の国家に失望し、政府への抗議者となる右翼」という意味です。(わかる?)
そこで姜先生は、雨宮処凛さんの話をします。
雨宮さんは、現在「ワーキング・プア」の問題に取り組み、若者が置かれている現代社会の矛盾を改善しようと、積極的に活動してます。
もとはヴィジュアル系バンドのボーカリスト。自傷・リストカット系小説家なんていわれて文壇にデビューしましたが、
さらに元をたどれば「右翼」経験者。
最新著書はズバリ『右翼と左翼はどうちがう?』というタイトルです。
姜先生は、直接雨宮さんと対談したこともあるそうです。
姜先生は言います。
戦前、貧しさゆえに生きづらかった人々、主流からはじき出された人々は満州、ブラジルなどに渡りました。彼らを「棄民」と呼びます。国家から捨てられた人たちです。
現在、国家事業として国民を国外に捨てるわけにいきません。そこで、いわゆる“自己責任”の名の下、“負組”として捨てられていきます。若者が、高齢者が、地方が。
姜先生は、地方史を、若者の心に響くように、100年以上前の歴史が自分たちと関連していることを納得できるように、語ることが必要だと話しました。
これに猪飼先生が応えました。
*幕末の党派がそれぞれの正当性を主張して、実は保守と革新が複雑に入り組んでいたこと。
*日本では第3身分(平民)が成熟していなかったために、旧体制が新体制の基盤になり、改革を断行したこと。
*当時は欧米による弱肉強食の世界であり、日本は中国を親として守られていた封建的な世界から抜けなければならなかったために、アジアを植民地とする欧米の仲間入りをしたこと。
そして、姜先生と猪飼先生は、この多重構造を「日本の宿命」ととらえ、対立ではなく、包括する形で、新しい世界を構築できないか…
という方向に話が進みそうだったのですが、時間切れ。
でも後半は結構先生たちの発言に熱がこもって、エキサイティングでした。
ちなみに姜先生は、昨年NHK「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」という番組で、夏目漱石を語っています。
このシンポジウムでも、漱石さんの「時代を的確にとらえる目」「批判的精神」について評価してました。
漱石さんは、熊本人にとって遠い昔の文豪ではなく、「郷土の作家」として、今も親しまれています。
英陸ももちろん、漱石さん大好きです。と言うより、愛してます
だって、カワイイんですもの
英陸にとっては、仔仔も漱石さんも同列のような…
今回は興味のある方だけ、お読みください。
「肥後400年の品格」
大げさなタイトルですが…
「品格」ブームに乗ってタイトルつけたところに、主催者の品格を疑ってしまいますぅ
さて、昨年から「熊本城築城400年」を記念して、いろんなイベントがあっとります。
←「400年祭」キャラクターの“ひごまる”です。あんまり可愛くない
彦根城400年祭キャラクターの“ひこにゃん”です。こちらはカワイイ~
4月30日には、なぜか玉三郎さんが「藤娘」踊ります。タダで見れます。
本丸御殿の再建、なかでも「昭君の間」の復元はけっこう全国ニュースでも流れてますね。
なぜ、「王昭君」が描かれたのでしょう?前漢の時代、悲劇の女性なのに…
いよいよ来月の6日で一連のイベントは終了するんですが、
「肥後400年の品格」というのは、3回にわたっておこなわれた、熊本の歴史を論ずるリレーシンポジウムのことです。
で、英陸はその最後「幕末・明治から今へと続く肥後スピリット」に、行ってきました。(4月19日)
いえね、ホラ、なんたって今をときめく「姜尚中(カン・サンジュン)」先生が、基調講演をするっていうんですもの。
熊本時代は「永野鉄男」さんでした。
超多忙な方ですから、「熊本出身」でなければ、来てもらえなかったかも。
そうです、姜尚中先生はもちろん在日2世ですが、熊本人でもあるんです。
今の、あのやさしい語り口からは想像もできませんが、昔は熊本弁で
「ぬしゃ、なんばしよっとや(君は何をしているの?)」
なんて、言ってたんですよねえ。
人気者の姜先生が出演する、というので募集650名のところ、全国から2000通もの応募があったそうな。
“追っかけ”もいるんだって。
この写真は、かなりナルシストっぽいですね
英陸は、ちょっと別ルートから入場券を手に入れました。ハイ、すみません。
さてさて、姜先生の基調講演は「今望まれる先覚者の品格」と題されたものだったのですが、
「熊本の歴史は、実は門外漢で…」と遠慮気味。テレビでおなじみの明快な理論展開は陰に潜めた感じで、自分が熊本に生まれた理由や、いくつかの問題提起をして終わりました。
時間も1時間弱でちょっと物足りなかったのですが、引き続いて行なわれたパネルディスカッションがおもしろかった!!
パネルディスカッションには、熊本の歴史に詳しい猪飼隆明先生(大阪大学名誉教授)と、瀬戸到誠先生(元熊本大学講師)のお二人も参加しました。
ディスカッションというよりは、瀬戸先生と猪飼先生が自分の研究分野から、維新に活躍した人材の話をしたので、それに大半の時間が裂かれてしまいました。
それに対して、姜先生は、「現代的な観点からかもしれませんが、どうしても気になることがあって…」と言って、問題提起。
①保守と革新の関連について;保守派に、開明性があり、革新派に守旧的な面があったのでは?
②右翼はどこから出てきたのか
③東アジア史の見直し;東アジアの中の日本、東京一極集中でない日本、熊本(地方)からの世界観の構築
以上にまとめられるかと思いますが、特に私は姜先生の右翼に対しての言及がおもしろかった。
姜先生は言いました。
「私は、そういった意味で、右翼がキライじゃない」
おっ!姜尚中、変節か!?
なんて先走ってはいけません。姜先生は「そういった意味で」と言ったので、
「そういった意味」が、大事です。
「そういった意味」とはどういう意味かといいますと、
「理想的な国家、公を求めるからこそ、現実の国家に失望し、政府への抗議者となる右翼」という意味です。(わかる?)
そこで姜先生は、雨宮処凛さんの話をします。
雨宮さんは、現在「ワーキング・プア」の問題に取り組み、若者が置かれている現代社会の矛盾を改善しようと、積極的に活動してます。
もとはヴィジュアル系バンドのボーカリスト。自傷・リストカット系小説家なんていわれて文壇にデビューしましたが、
さらに元をたどれば「右翼」経験者。
最新著書はズバリ『右翼と左翼はどうちがう?』というタイトルです。
姜先生は、直接雨宮さんと対談したこともあるそうです。
姜先生は言います。
戦前、貧しさゆえに生きづらかった人々、主流からはじき出された人々は満州、ブラジルなどに渡りました。彼らを「棄民」と呼びます。国家から捨てられた人たちです。
現在、国家事業として国民を国外に捨てるわけにいきません。そこで、いわゆる“自己責任”の名の下、“負組”として捨てられていきます。若者が、高齢者が、地方が。
姜先生は、地方史を、若者の心に響くように、100年以上前の歴史が自分たちと関連していることを納得できるように、語ることが必要だと話しました。
これに猪飼先生が応えました。
*幕末の党派がそれぞれの正当性を主張して、実は保守と革新が複雑に入り組んでいたこと。
*日本では第3身分(平民)が成熟していなかったために、旧体制が新体制の基盤になり、改革を断行したこと。
*当時は欧米による弱肉強食の世界であり、日本は中国を親として守られていた封建的な世界から抜けなければならなかったために、アジアを植民地とする欧米の仲間入りをしたこと。
そして、姜先生と猪飼先生は、この多重構造を「日本の宿命」ととらえ、対立ではなく、包括する形で、新しい世界を構築できないか…
という方向に話が進みそうだったのですが、時間切れ。
でも後半は結構先生たちの発言に熱がこもって、エキサイティングでした。
ちなみに姜先生は、昨年NHK「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」という番組で、夏目漱石を語っています。
このシンポジウムでも、漱石さんの「時代を的確にとらえる目」「批判的精神」について評価してました。
漱石さんは、熊本人にとって遠い昔の文豪ではなく、「郷土の作家」として、今も親しまれています。
英陸ももちろん、漱石さん大好きです。と言うより、愛してます
だって、カワイイんですもの
英陸にとっては、仔仔も漱石さんも同列のような…
明治天皇が死去したあとに撮られた写真だそうで・・
腕に喪章を巻いてますものね。
さて、姜先生も登場してのシンポジウム。
なかなか知的興奮に満ちた場ではなかったかと。
姜先生、済々コウ出身だから、黒髪のあのへんを歩いてらしたんだなあ、などと思ってしまいます。
なんというかウヨクもサヨクも
相対的なものですね。
たとえばわたしの好きな土方歳三にしても、
当初は「体制側」だったのに、
戊辰戦争で幕府軍が敗れると、「反体制」になってしまう。本人は変わってないつもりでも、ね。
漱石って49歳で亡くなってます。今思えばびっくりです。晩年の彼はすごく老成した人間に見え、享年は60代かと思ってました。
その年に近づいてるんだなあ、と思ってしまうこのごろ。
毎度こんばんは。
済々黌も黒髪も、わかる人にしかわからない、ローカルな話題です。
ローカルついでに、このシンポジウムは
「鶴屋ホール」で行なわれました。
高島屋も、三越も、大丸も、阪急も井筒屋も、岩田屋も、熊本には無いですものね。
「鶴屋デパート」です。
なぜか「くまもと阪神」はありますけど。
熊本なのに阪神。
摩訶不思議なのが地方です。