石ころ

今日はマルコ6章


ヘロデ王はヨハネに罪を責められ、捕らえて牢に繋いでいたが、彼を「聖なる正しい人と知って」彼の教えを「非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた。」

ヘロデは浅はかな約束によって、ヨハネの首を要求されたときにも、「非常に心を痛めたが・・」人々の手前と、自分の誓いによって、その要求を退けることが出来なかった。

ヘロデはイエス様を見たときも「非常に喜んだ」。しかし彼はイエス様からひとこともお言葉を頂くことはなかった。

ヘロデの「非常に喜んで・・、非常に心を痛めて・・」そんな感情はすべて非常に空しい。

ヘロデ王はイエス様の噂を聞いて、「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ。」と言った。イエス様に拠らずに、死人が生き返ることはあり得ないのに、ヘロデ王はそんな空しい妄想にすがろうとしたのだろうか、哀れなヘロデ王。

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コメント一覧

石ころ
コメントをありがとうございます。
教えを喜んで聞き、 聖さも、正しさも分かっていても、何か事が起こると、教えとは正反対の神様に敵対する行動を取る、そんな信仰にならないようにと祈りました。
そんな罠がいたる所にあるように思えます。
Salt
感情というのは、あてにならぬものですね。
自分の感情に振り回されるより、主の思いを推しはかれる者でありたいと願います。
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