「ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。」(マルコ1:16~20)
「この後、イエスは出て行き、収税所にすわっているレビという取税人に目を留めて、「わたしについて来なさい。」と言われた。するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。」(ルカ5:27~28)
イエス様が声をかけられると、漁師であるペテロとアンデレが網を捨てて従った。
ヤコブとヨハネも、父親も財産も捨てて従った。
マタイも取税人としての職業も何もかも捨てて従った。
彼らはその時、この世から死んだのだと思う。生きるすべを捨てると言うことは死ぬも同然だから。ただ、イエス様と共に居ることだけを選んだ。イエス様を知ることだけを選んだ。その時から彼らにとってはイエス様だけがすべてになった。
イエス様はどれほど彼らを愛おしく思われたことだろう・・。そして、イエス様は彼らにすべてをくださった。そして今、彼らによって私たちもイエス様を知り、同じようにイエス様のすべてをいただいている。
「このきよい、正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。」(使徒3:14~15)
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