真面目な好青年がイエス様に質問をしている。「永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」律法は守っているという彼に、イエス様は「あなたには、欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」と、彼をいつくしんで言われた。
イエス様は彼を試して言われたわけではない。彼にとってそれ以外になかったからである。でも、「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」とイエス様は後で言われているから、彼が全財産を貧しい人に与えるという行為によってしか救われないということではない。
いや、「また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」(Ⅰコリント13:3)永遠のいのちを自分のものとして受けるために、財産を差し出したからと言ってその行為に愛があるとは言えない。
彼が幼子のように何も持っていなかったら、彼には欠けたところはなかったことになる。確かに彼が去って行った理由は捨てるべきものが多すぎたから。彼が去っていったこと自体、お金というものが信仰の大きなつまずきであることを証明している。
つまずきとなるものは、たとえ自分の身体の一部でも切り捨てなさいとイエス様は言われる。そのことは、永遠のいのちの価値をどのように思っているのかを問われていることだと思う。なにを選び取るかということ。
イエス様はお金をも備えてくださることを私は生活の中で知っている。事実、我が家のかめの一握りの粉は尽きず、つぼの油も尽きることはない。(Ⅰ列王17)
「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)
そこでね。時々切る私の啖呵。
「てやんでぇ べらぼうめぇ こちとら 神様という大金持ちの子どもでぇ
イエス様というすげえ兄貴もいるんだぜぇ 全宇宙を支配する家柄さ
な~にを小せえことでギャギャ叫いているんだよ~ どーんとしてねえか!」
アハハハハ・・なぜかこの時江戸っ子になる。
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