新古今和歌集の部屋

長明発心集 慶安四年片仮名本 五巻欠 蔵書



 
 
 
 
 
 
長明發心集
 

 
 
 
 
慶安四辛卯歳仲春
中野小左衛門刊行
 

発心集は、鎌倉初期の仏教説話集。鴨長明晩年の編著。建保四年(1216年)以前の成立。『長明発心集』とも。仏の道を求めた隠遁者の説話集で、『閑居友』、『撰集抄』などの説話集のみならず、『太平記』や『徒然草』にまで影響を及ぼし、説話の本性というべきものを後世に伝えている。

流布本は全8巻・102話であるが、現存しない3巻本が最も原型に近いと考えられ、そのほか5巻62話の異本もある。伝本に古写本は無く、「慶安四年片仮名本」と「寛文十年平仮名本」が版本として刊行された流布本であり、神宮文庫本が5巻の近世写本である。


發心集序
佛の教給へる事あり。心の師とは成とも心を師とする
事なかれと。實なる哉此言。人一期すくる間に思と思は
廿悪業に非と云事なし。若形をやつし衣を染て世
の塵にけがさえざる人すら、※里市のかせぎ緤がたく、家の犬
常になれたり。何況や因果の理を知らす、名利の謬に
しづめる哉。空く五欲のきづなに引れて終に奈落の
底に入なんとす。心有らん人誰か此事を恐れざらん哉。かゝ
れば事に事にふれて我心のはかなく愚なる事を願て、彼佛
の教のまゝに心を許さずして、此度生死をはなれて、とく
浄土に生れん事喩へば牧士のあれたる駒を随て遠
境に至が如し。但此心に強弱あり。浅深あり。且自心を
はかるに、善を背にも非ず惡を離にも非ず。風の前の草
のなびき安きが如し。又浪の上の月の静まりがたき似た
り。何にしてかかく愚なる心を教へんとする。佛は衆生の
心のさま/"\なるを鑒給ひて、因縁譬喩を以てこしらへ
教給ふ。我等佛に値奉らましかば、何なる法に付てか
勸給はまし。他心智も得ざれば唯我分にのみ理を知
愚なるを教ふる方便はかけたり。肝説妙なれども得所
は益すくなき哉。此により短心を顧て殊更に深法
を許めず。はかなく見事聞事を註あつめつゝしのびに座
の右にをける事あり。即賢きを見ては及難くとも
こひねがふ縁とし、愚なるを見ては自ら改むる媒とせむ
となり。今此を云に天竺震旦の傳聞は遠ければかゝず。
佛菩薩の因縁は分にたへざれば是を残せり。唯我國
の人の耳近を先として承はる言の葉のみ註す。されば
定て謬は多く實は少からん。若又ふたゝび問に便なきをば
所の各人をしるさず。いはゞ雲をとり風をむすべるが
如し。誰人か是を用いん。ものそかられど人信ぜよとみもあ
らねば、必しもたしかなる跡を尋ねず。道のほとりのあだ
言の中に我一念の發心を樂はかりにやといへり。
 
 
※里市 里へんに市で「そとも」で外面とも書く。
 
※心の師 涅槃経などの詞だが、往生要集の
もし惑ひ、心を覆ひて、通別の對治を修せんと欲せしめずは、すべからくその意を知りて、常に心の師となるべし。心の師とせざれ
からの引用。
 
※風の前の草のなびき安き 論語 顔淵
君子の徳は風也。小人の徳は草なり。草はこの風を尚びて必ず偃く
による。
 
※他心智 往生要集
他心智を以てその心を了り
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「発心集」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事