新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

みたび大文字山に行けたのなら

2024年05月10日 | おでかけ
ブログの編集画面を開くと、

「開設から735日」

という文字列が目に飛び込んできました。

いつの間にかブログ移設2年が過ぎていたんですね。

フォロワーさん、読者の方々にお礼を申し上げます。

さて、gooブログからお知らせのあった一年前の記事です。

昨年のGW中に、京都の大文字山を訪ねた際の愛娘によるレポートです。


ふたたび大文字山 山も麓も大賑わいでした…はぃ

5月3日は、芦屋川から六甲山に登って、一軒茶屋でカレーライスを楽しみました…!脳梗塞で右足に麻痺が残った父としては、六甲登山の翌日はゆっくり休みたいところでしたが…。連休後半......


大文字山はとてもいい山です。

歩いていて楽しいです。京都でも人気スポットの銀閣寺や蹴上から、バス停や地下鉄駅を降りたらすぐに登山できるところがいいですね。山頂よりも、大文字の火床のエリアのほうが絶景スポットです。天気がよければ大阪まで見渡せるパノラマビューも素晴らしいですが、糺の森や鴨川がすぐ眼下で、京都のまちを一望できるところがよいのです。

しかし、今年は最初から山行きの候補から外しています。いわゆるインバウンドが復活した京都には、さすがに訪ねる気になれません。

それに、一年前、大文字山で姿を消してしまった学生さんのことが気にかかります。結局、足が遠のいてしまったままです。

一年前の山行記で、愛娘のれんは、はるか彼方の愛宕山方面に「ヤッホー!」と叫んでいた男の子たちのことを記していました。

大文字山から20キロ以上離れた愛宕山からは、ざんねんながら返事は返ってきませんでした。

しかし、仮に返事が返ってきたとしても、返事の主に会いに行くのは極めて危険な行為なのです。

そのことを、水木しげるの妖怪漫画で育った世代は知っているでしょう。こだまを返してくるのは、あの「呼子」(よびこ)かもしれないのですから。




水木しげる「呼子」は、「おーい」と山に呼びかけたら、「おーい」と呼び返してくる声の主を探して、興味本位に山に入り込んできた少年が主人公です。「呼子」といわれる山彦に出会った少年は、宝石の中に閉じ込められてしまいます。「ここから出してくれ」と懇願すると、「じゃ、俺の体と代わってくれ」と、次の呼子=山彦の役目を押し付けられるのです。元の呼子は、いわゆる大正13年から40年ばかり、誰か来ないかと待ち続けていたのでした。昭和の新たな呼子は、誰かが「おーい」と叫んだら「おーい」と返しながら、物好きなだれかが自分のかわりにまた山にやって来るのを待つことになるのでした。

今は少子高齢化社会で、さらに親もわが子に単独行動、特に山などのアウトドア活動を許すシチュエーションは少なくなっているように思います。現代の呼子事情はかなり厳しいでしょうね。

呼子のはなしをしたのも、このブログで言及した、大文字山に入って行方を絶った学生さんのことを思い出したからです。あの学生さんも、ふとした拍子に「呼子」になってしまったのかもしれませんね。

昨年5月、京都の大学の寮住まいのある学生さんが、大文字山に入ってから行方不明になってしまいました。友人の方々が情報提供を求めていたので、このブログも協力させていただくことにしました。

昨年10月には、その学生さんに似た人が、大津で野宿生活を送っていて、東北をめざして旅行中なのだと語っていたという情報があるそうです。

今回のエントリでは、あえて、個人名は記しません。Aくんとだけしておきます。もしもいまもご無事で、旅を継続中なら、ご本人も決意のうえでの失踪だったのかもしれないと思い直したからです。

最近、ごく身近なところで失踪劇が発生しました。生死さえも不明です。

しかし、この人も、Aくんも、やむにやまれぬ事情があったのでしょう。いまごろ、どんなふうに過ごしているんだろう?

ふたりとも、元気かな。

私の知り合いはスマホは置いて出てしまったようですが、このブログは教えたことがあります。「くろまっく」という私のハンドルネームだけでも覚えてくれていたらいいなあと思います。気が向いたら、いつでも連絡しておいで。もちろん京都の学生さんも。年中酔っ払いの私でも、何かの力にはなれます。





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