MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2016 「社畜回廊」の閉塞感

2021年11月14日 | 社会・経済


 品川駅のコンコースには、山側の高輪口から海よりの港南口の超高層ビル街まで、200メートルを優に超える長い通路が設置されています。通路の幅はかなり広いのですが、それでも朝夕の通勤時間になると、ビル街に勤務するビジネスマンやOLによって通路はびっしりと埋まります。

 かれらの多くは朝、(港南口に向け)同じ方向に歩いていく。それはそれで壮観なのですが、かつて通勤の自転車で埋まっていた北京の大通りのようなその光景に、「月曜日の朝などは気分が滅入る」といった感想を持つ人も多いと聞きます。

 広く知られているように、この通路の両側には、40台を超える大型ディスプレイ広告(デジタルサイネージ)が設置されており、東京都心のビジネス街をイメージさせる品川駅のひとつの顔となっています。

 10月4日、このデジタルサイネージの全てを借り切った企業が、数十台のディスプレイに一斉に「今日の仕事は、楽しみですか。」という広告を表示させたことから問題は起こりました。

 広告が表示されていた時間は(それほど)長くはありませんでしたが、どうやら同社の社長がツイッターで「今日から、品川駅コンコースを全面ジャックして僕らのメッセージを発信していきます」と大々的に告知していたとのこと。これを「不快」と感じた人々が、写真とともにSNSに「社畜回廊」「ディストピア」などといった批判を挙げ、同調者が殺到したということです。

 広告を出稿した企業はすぐにこれに反応。配信を停止し謝罪広告を発信しましたがネガティブな反応は止まらず、テレビのワイドショーなどにも取り上げられて大きな話題となりました。

 結局、広告が「バズった」ことで企業の当初の目的は達せられたのかもしれませんが、感情に任せた匿名の非難が企業に集まり、企業もすぐに発信を取りやめるといった(あからさまな)キャンセルカルチャーの動きに、何となく後味の悪さを感じたのは私だけではないでしょう。

 さて、こうした今回の出来事に対し、『週刊プレイボーイ』誌の10月25日発売号では、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が『「今日の仕事は楽しみですか」と訊かれて激怒する日本人の働き方』と題する一文を寄せています。

 品川駅のコンコースに設置された数十台のディスプレイに描き出された「今日の仕事は楽しみですか。」との広告の文言に反応した、「社畜回廊」と題するSNSの投稿が拡散・炎上した。

 そこでは、「つらくても仕事を頑張っている人を傷つける」といった非難の声が聞かれたが、これはたんなる方便で、多くのサラリーマンの本音は「仕事が楽しみなわけないだろ!」ということだろうと、橘氏はこのコラムに綴っています。

 OECDをはじめとするあらゆる国際調査において、「日本人は世界でいちばん仕事が嫌いで、会社を憎んでいる」という結果が繰り返し報告されている。しかもこれは「ネオリベ改革」のせいではなく、バブル絶頂期の1980年代ですら、日本人よりアメリカの労働者のほうがいまの仕事に満足し、生まれ変わったらもういちど同じ仕事に就きたいと思っていたと氏は説明しています。

 日本では、右も左も(保守もリベラルも)ほとんどの知識人が、年功序列・終身雇用の「日本的雇用」が日本人(男だけ)を幸福にしてきたとして、「(正社員の)雇用破壊を許すな」と大合唱している。しかし現実には、こうした日本的雇用が日本人を不幸にしてきたというのが氏の見解です。

 なぜこんなことになるのか? そもそも大学卒業時点で、自分がどんな仕事に向いているか、どの会社が自分の希望をかなえてくれるかなどわかるはずがない。それでも、(ふつうは)とりあえず就活してどこかの会社に入るのだが、それがベストな選択である確率はきわめて小さなものだと氏はしています。

 ここで問題となるのは、日本的雇用では、(多くの場合)たまたま入った会社に定年まで40年以上も拘束されてしまうこと。そうなると、ほとんどは「外れくじ」を引いているわけなので、意に添わない仕事を我慢して続けるしかなくなるということです。

 この状況を改善するには、やりがいのある仕事を見つけるまで自由に転職できるようにしなければならない。しかしそうなると、企業の側も、より能力の高い(適性のある)者を受け入れるために、一定の基準に満たない社員を解雇して場所を空けられるようにしなくてはならないと氏は言います。

 ところが日本では、会社への所属意識が(男性)正社員のアイデンティティになっているので、解雇や人員整理がきわめて困難な状況にある。そこで、この隘路を抜けるために、(最近になって)定年を45歳に早めるという奇策が出てきたのではないかというのが氏の認識です。

 とはいえ、「定年」は労働者個人の意思にかかわらず一定の年齢で強制解雇する制度なので、現在では「年齢差別」と見なされるようになり、アメリカ、イギリスをはじめ欧米では定年制を違法とする国が増えています。

 だとすればやはり正攻法で、日本も定年を廃止し、その代わり金銭解雇のルールを決め、仕事内容に応じて正規・非正規にかかわらずすべての労働者を平等に扱うグローバル・スタンダードの働き方に変えていくべきだと氏は話しています。

 「仕事が楽しみか?」と聞かれて怒り出すのは、「そんなはずないだろ」というのが世間の常識になっているから。今日も多分、やりたくもないことをいやいややって一日が終わる。本当ならばこんな会社早くに辞めてしまいたかったのに、すがって生きていくしか方法がない自分が悲しいからだということでしょうか。

 そうした視点に立ち、「会社や仕事を選択できるようになれば、少なくとも『仕事は楽しみですか?』と訊かれて激怒することはなくなるのではないか」とこの論考を結ぶ橘氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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