時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

近所で鯉のぼりを見なくなった。

2024年05月04日 | 時のつれづれ・皐月 

多摩爺の「時のつれづれ(皐月の40)」
近所で鯉のぼりを見なくなった。

私が小学生だった頃(昭和30年代)は、土曜日は半ドンといっても午前中は授業があったし、
5月4日は休日じゃなかったし、振替休日なんてものもなくて、
巡り合わせで祝日が日曜日と重なったら・・・ お休みを1日損したような気になっていた。

よって、ゴールデンウィークという言葉はあったものの、
私の記憶が間違ってなければ 
いまじゃすっかり死語になってしまった、飛び石連休という言葉の方が定着していたと思う。

さらに当時は、国鉄(現在のJR)のマンモス団地に住んでいたことから、
どこの家庭でも、父親の休みとカレンダーの休みは・・・ そもそも一致してなかったし、
さらに学校は休めないものとして、頭の中に強くすり込まれていたこともあって、
飛び石連休(ゴールデンウィーク)に旅行するなんて・・・ 全くもって記憶に残っていない。

唯一、記憶にあるのは・・・ 連休明け最初の日曜日に、
小学校の校区内の町内会毎にあった、子供会単位で、
男子はソフトボール大会、女子はドッジボール大会が行われており、
先生方が主審をされていたことはハッキリと覚えている。

また、飛び石連休が始まると・・・ 通学路にあった家々の玄関先には、日の丸が掲げられ、
五月の天空を吹く青あらしを受けて、力強く泳ぐ鯉のぼりを、其処彼処に見ることができたが、
あれから・・・ 約60年余年、北多摩ではあるが、東京に終の棲家を構えてから23年、
ふと気がつけば、日の丸も、鯉のぼりも、とんと見かけなくなってしまった。

おそらく、地方に行けば鯉のぼりを見ることが出来ると思うが、
都心からけっこう離れた、北多摩地域のマンションの5階から見渡してみても、
鯉のぼりが泳いでいる光景を見つけることができない。
東京って随分前からそうで・・・ なんだかなぁと思っていた。

そんなゴールデンウィークも、半ばを過ぎた5月3日の朝、
朝メシを食いながら情報番組を見ていたら、
東京タワーの真下で泳ぐ・・・ 大群の鯉のぼりの映像が流されていた。

なに気に女房に「孫を誘って、東京タワーに鯉のぼり見に行かない?」って声をかけたら、
「行く行く。」と即答があったもんだから、
直ぐに息子にLINEで連絡をとると・・・ 間髪を入れず「OK」の絵文字が返ってきた。

今日は1日、家でゆっくりするつもりだったので、
予定がなかったんだから、予定変更でもなんでもないが、
急遽、鯉のぼりと、孫との思い出作りに・・・ 自ら予定を入れてしまった。

ちょうどお昼頃だったと思うが・・・ 東京タワーに到着
電車の中もそうだったが、ここにも外国人の方が多く、さまざまな言語が飛び交っている。

みんな上を向いてスマホのカメラを構えるが、ちょうど太陽が真上にあって、
東京タワーのテッペンと鯉のぼりを入れようとすると、
もろに逆光となっていて・・・ せっかくここまで来たのに、みなさん苦労されていた。

孫たちは最初こそ、鯉のぼりの大群を見て「凄い!」なんて言ってたが、
ものの数分で、東京タワーの前の広場で開催されていた、
キッズ用のイベント(射的、ヨーヨー釣り、スーパーボール救い)に女房と行ってしまった。

さらに、息子はランチのため、ホットドックや、たこ焼きを売るキッチンカーの前に並び、
私と娘は空いてるベンチを探して場所取り、
あっという間に状況はかわってしまったが・・・ それもまた、忘れ得ぬ思い出になったと思う。

結局、鯉のぼりを見たり、写真を撮ったのは私と息子だけだったが、
なんか久々に、童心を思い出すじゃないが、
昔々子どもだったころ、故郷で見ていた約60年前の光景を思いだしていた。

私が子どもだった20世紀の町では、この季節になると彼方此方のお宅で鯉のぼりが泳いでいた。
21世紀の社会で、いまさら昭和のことを述べても致し方ないが、
この子たち(孫たち)には、鯉のぼりが空を泳ぐ光景が、思い出にならなくなったようである。

一方で・・・ 視点を変えてみれば、
この子たちは、私たちや息子たちの世代が、どんなに頑張っても見ることがない、
22世紀の社会や生活を・・・ 思い出に刻むことができるのである。

今年は2024年だから・・・ 22世紀まで、あと77年である。
ジイチャンもバアチャンも、パパもママも、天と地がひっくり返らない限り、この世にはいないが、
あなた(孫)たちは84歳と82歳だから、天と地がひっくり返らなくても、
バリバリに思い出作りを楽しむことが出来るはずである。

さて、77年後の22世紀の「こどもの日」に、
鯉のぼりは・・・ 青空を元気よく泳いでいるだろか?

申し訳ないが、あの世で再会したら、
ジイチャンとバアチャンに、それを教えてくれないだろうか?
22世紀の社会のことや、あなたたちの子どものことも、併せて話してくれると嬉しい。
今日のことも、覚えていてくれたら、もっとうれしいが・・・ それは期待しないでいようと思う。

鯉のぼりは、比較的小さな鯉ばかりだったが、
青空を背景に、大群で押し寄せ泳ぐ光景は圧巻であった。


コメント (6)    この記事についてブログを書く
« 憲法は改正すべきか否か? | トップ | おにやんま君 »

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (1kamakura)
2024-05-04 06:34:24
江戸の秋

飛び石連休〜って言っていましたよね!
懐かしい。

東京タワーに鯉のぼり、圧巻ですね。
タワーの赤に鯉のぼりの赤が相まって、青空に映えてきれいですね😍

あの世で再会したらって…
ちょっと胸が熱くなりました🥹
Unknown (多摩爺)
2024-05-04 07:30:21
江戸の秋さん、おはようございます。

鯉のぼりに、特別な思い入れはあるわけじゃありませんが、
やっぱり、この時季になると見てみたいと思います。
最近、時代の変化というか、価値観の変遷というか、
あって当たり前だったものや、あったら良いなと思うものが、
だんだん消えて行って、ちょっと寂しくなりますね。
Unknown (散歩人)
2024-05-04 17:26:43
飛び石連休、半ドン、思い出しました。
あの時代が懐かしいですね、週休二日になった時の嬉しさは
半ドンだったから嬉しかったのでしょうね。
価値観と環境がどんどん変わっていくけど、小生にとっては
価値のある数十年前の出来事だったと記憶が蘇りました。
Unknown (多摩爺)
2024-05-04 18:05:29
散歩人さん、こんにちは

週休二日になったときは、ホントに嬉しかったことを思い出します。
さらにいまでは、在宅勤務やフレックスタイムなどがあって、随分働きやすくなったと思います。
この次は土曜日を振替休日の対象にして、三連休を増やすかもしれませんね。
おはようございます~ (kiyomi)
2024-05-05 09:46:53
鯉のぼり ほんと!見かけなくなりましたね~
マンション暮らしのせいなのか・・・
我が家は孫息子は一人ですが 初節句に兜の飾りを買ってやったけど
5歳くらいまでは毎年飾っていたようですが
その後は押し入れに眠ってるようです!
何年後にその処分に困るかもしれませんね~
我が家は私が作った小さな鯉のぼりのタペストリーを飾って
端午の節句の気分だけ感じています

いつもその時その時の話題に踏み込んで書かれている「時のつれづれ」楽しみに拝読しております!
Unknown (多摩爺)
2024-05-05 12:02:28
kiyomiさん、こんにちは

うちの息子宅もそんな感じで、まだ4歳なので兜を飾っているようですが、あと2~3年でそれも終るかもしれません。
季節を感じるこの国の風習は、大事にして欲しいと思うものの、
残念ながら、家族構成や生活スタイルが変わってきているので致し方ないのかもしれません。

最近では・・・ あれほどお節介をやきたがりの女房が、柏餅を買ってこなきゃと言わないんですから、
私を含めて、まだボケてないと思いますが、
記憶引き出しの中に大事にしまっていたた物が、一つずつ消えていっているようです。

コメントを投稿

時のつれづれ・皐月 」カテゴリの最新記事