2016年12月にロシア・プーチン大統領が来日の予定で一部メディアが浮足立っているようですが、
ウリュカエフ経済発展相の解任などでまだまだ混乱が予想されている。
そこで、昨年2015日9月22日付で自分が書いた記事を再掲載し、
自分なりの対ロシア観を紹介したいと思います。
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朝日新聞 2015年9月22日付
「北方領土問題、ロシア側が交渉拒否 日ロ外相会談」
http://digital.asahi.com/articles/ASH9Q10Z8H9PUTFK009.html
自分も北海道を愛する人間として、この話題に無関心ではいられない。
その点では右も左もない立場として、一個人として感じたことを書きたい。
1945年8月9日の屈辱を、僕は忘れない。 ここでは長崎の話ではない。
過去の話に「もしも」なんてあり得ないのは重々承知だ。
でも、もしも、1945年3月の東京大空襲で日本政府が降伏したなら、沖縄も広島も長崎もなかっただろう。
そして、満州のソ連侵攻も……
もしも、時のソ連の指導者が恐怖政治のスターリンでなく“ペレストロイカ”“グラスノスチ”のゴルバチョフ氏だったら……
どうしても、そう思ってしまう。
さて、北方領土が今なお日ロ間の重要な問題なのは変わりない。
しかし、あまりにも時間が経ち過ぎてしまった。
すでに国後・択捉両島で生まれ育ったソ連/ロシアの人々が次世代に移ってしまっている。
そんな人々に向かって日本政府は「ここは今日から日本の領土です」と軽々と言っていいのか……?
ましてや、JR北海道が「釧路~(国境の町)根室間」を不採算路線として廃線を伺っている現在だ。
万が一領土が返還されても、誰が鉄道や道路・水道・電気のインフラを整備し、誰がその予算を出し、
誰が今の家や仕事を棄てて北方領土に住もうという人がいるのか?
北海道での農業が苦しい状況なのに、北方領土に移住すればすべてうまく行く、と誰が保証できるのか?
ましてや、(高経済成長で慢心気味の)ロシアも中国も、(経済成長期の幻想に囚われた)日本の自民公明政権も
「冷戦構造」に自ら戻りたがっているとしか思えない現状だ。
とても冷静かつ長期的な展望でなど語れないし、あってはならない犠牲者を生む危険性を感じずにいられない。
「日本人ならハラキリしてみろ」とまで暴言を放つロシア首脳もいる政権では、領土問題など進むわけがない。
継続審議というかたちを保ち、「今の貴国政権では日本に迎えるわけにはいかない」と断言して、
経済協力を中心にして、北方領土関連の交渉を白紙に戻すほうが筋が通った外交をできるのではないだろうか。
今、日本がロシアとすべきことは領土返還交渉ではなく、両国民の往復できる環境をつくることだと思う。
3か月位の短期間なら日本人のロシア渡航に「ノービザ」で観光旅行や語学留学・旧島民・シベリア抑留遺族の墓参りができること。
ロシア側にホテル・ツアーガイドなどを整備して、国単位で日本人観光の環境向上を貢献してもらえること。
その環境が整ったら、「小樽~ウラジオストク間」「根室~国後島・択捉島間」に定期フェリー便を作ること。
やるべき事はいくらでもあるはずだ。
1992年、当時サハリン在住の3歳児で大やけどを負ったコンスタンチン君(コンスタンティン・スコロプイシュヌイさん)を救うために
サハリンから札幌医科大へリレー搬送して救出できた画期的な事例を思い出して欲しい。
「領土一辺倒」で人と人の交流まで遮る暴挙は、両国政府とも控えるべきだ。
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2016年11月26日 訪問者数 110名様
ありがとうございました。
ウリュカエフ経済発展相の解任などでまだまだ混乱が予想されている。
そこで、昨年2015日9月22日付で自分が書いた記事を再掲載し、
自分なりの対ロシア観を紹介したいと思います。
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朝日新聞 2015年9月22日付
「北方領土問題、ロシア側が交渉拒否 日ロ外相会談」
http://digital.asahi.com/articles/ASH9Q10Z8H9PUTFK009.html
自分も北海道を愛する人間として、この話題に無関心ではいられない。
その点では右も左もない立場として、一個人として感じたことを書きたい。
1945年8月9日の屈辱を、僕は忘れない。 ここでは長崎の話ではない。
過去の話に「もしも」なんてあり得ないのは重々承知だ。
でも、もしも、1945年3月の東京大空襲で日本政府が降伏したなら、沖縄も広島も長崎もなかっただろう。
そして、満州のソ連侵攻も……
もしも、時のソ連の指導者が恐怖政治のスターリンでなく“ペレストロイカ”“グラスノスチ”のゴルバチョフ氏だったら……
どうしても、そう思ってしまう。
さて、北方領土が今なお日ロ間の重要な問題なのは変わりない。
しかし、あまりにも時間が経ち過ぎてしまった。
すでに国後・択捉両島で生まれ育ったソ連/ロシアの人々が次世代に移ってしまっている。
そんな人々に向かって日本政府は「ここは今日から日本の領土です」と軽々と言っていいのか……?
ましてや、JR北海道が「釧路~(国境の町)根室間」を不採算路線として廃線を伺っている現在だ。
万が一領土が返還されても、誰が鉄道や道路・水道・電気のインフラを整備し、誰がその予算を出し、
誰が今の家や仕事を棄てて北方領土に住もうという人がいるのか?
北海道での農業が苦しい状況なのに、北方領土に移住すればすべてうまく行く、と誰が保証できるのか?
ましてや、(高経済成長で慢心気味の)ロシアも中国も、(経済成長期の幻想に囚われた)日本の自民公明政権も
「冷戦構造」に自ら戻りたがっているとしか思えない現状だ。
とても冷静かつ長期的な展望でなど語れないし、あってはならない犠牲者を生む危険性を感じずにいられない。
「日本人ならハラキリしてみろ」とまで暴言を放つロシア首脳もいる政権では、領土問題など進むわけがない。
継続審議というかたちを保ち、「今の貴国政権では日本に迎えるわけにはいかない」と断言して、
経済協力を中心にして、北方領土関連の交渉を白紙に戻すほうが筋が通った外交をできるのではないだろうか。
今、日本がロシアとすべきことは領土返還交渉ではなく、両国民の往復できる環境をつくることだと思う。
3か月位の短期間なら日本人のロシア渡航に「ノービザ」で観光旅行や語学留学・旧島民・シベリア抑留遺族の墓参りができること。
ロシア側にホテル・ツアーガイドなどを整備して、国単位で日本人観光の環境向上を貢献してもらえること。
その環境が整ったら、「小樽~ウラジオストク間」「根室~国後島・択捉島間」に定期フェリー便を作ること。
やるべき事はいくらでもあるはずだ。
1992年、当時サハリン在住の3歳児で大やけどを負ったコンスタンチン君(コンスタンティン・スコロプイシュヌイさん)を救うために
サハリンから札幌医科大へリレー搬送して救出できた画期的な事例を思い出して欲しい。
「領土一辺倒」で人と人の交流まで遮る暴挙は、両国政府とも控えるべきだ。
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2016年11月26日 訪問者数 110名様
ありがとうございました。