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サラエボの花はたぶん緋色だろうけど、頼りげなく揺れる草原のギボウシにも感じられた
(ストーリー)ボスニア内戦から10余年経ったかつての戦火の街・サラエボ。シングルマザーのエスマは、修学旅行を楽しみにする12歳の娘・サラを見て、旅費の準備に奔走していた。父親は戦死したシャヒード(殉教者)と聞かされていたサラは、シャヒードの遺児は旅費が免除されることを知る。母にその証明書を出すよう頼む。母親はなぜか提出を拒む。そんな母・エスマに不信感を募らせていくサラを、クラスメイトが「戦死者リストに父親の名前が無い」とからかいはじめる。そしてある日、耐え切れなくなったサラは「真実を教えて欲しい」と、友人・サミルから預かった拳銃で母・エスマを脅してしまう。仕方なく、エスマは隠し続けてきた過去の秘密を話してしまう。戦争が生んだ、人々の愛と憎しみ・トラウマ・絶望を描く。ヤスミラ・ジュバニッチによる初監督作品にして、2006年ベルリン国際映画祭にて金熊賞に輝くなど、数々の世界映画祭で賞賛を浴びた。
原題 Grbavica 製作年 2006年 製作国 ボスニア・ヘルツェゴビナ・ドイツ・オーストリア
母親のエスマがいつもイラついているのは自分が抱えている病気のせいだけではなさそう。娘との間もしっくりいってないし、久しぶりに町で出くわした伯母さんは「(エスマの母親が)サラの顔を見ずに亡くなった事がせめてもの救い」だと話す。サラに対する態度も妙によそよそしい。単に結婚を反対されていたと云う理由からでもなさそうだと変に感じながら観続けた。やっと理由がラストに明らかにされてなるほどとは思ったものの怒りもこみ上げて来た。サラは敵方の兵士にレイプされて生まれた子供だったのだ。第1、2次世界大戦の頃ならともかく、この内戦は1995年ー、ついこの間のことなのだ。中絶する手立てがある時代なのにどうして然るべき処置をしなかったのか。エスマが医学生だったから命を最優先したとしても、到底私だったら考えられない。当然生まれてきた子供に罪はない。隠し通し、子供を守り育てられると思ったのか、それを抱えて生きるなんて重すぎる。ましてや告げられた(いつかは知ることになる)サラは自己肯定できるまでに長い年月を要するだろう。ハサミで髪を切り丸坊主にしたサラの深くて碧い瞳がほんの少しだけ微笑んで終ったが、これからどう向き合って生きるのだろうか。ヤスミラ・ジュバニッチの女性監督は、反戦というより『愛』を描きたかったと語っているが、2人に与えられた運命はあまりにも残酷で、私には受け止められそうにない。
ここまで書き、実際のボスニア・ヘルツゴビナの紛争を調べてみると驚くべき事実を知りました。エスマは中絶できない時期まで監禁させられていたのです。対立する3民族の民族浄化のために男性や子供は殺され、残った女たちは収容され、そこで連日多くの兵士たちに乱暴され、妊娠すると本人の意思に反して強制的に出産させられたのでした。それは民族間の和解を消し去るためにである。何と言うことを・・・言葉に詰まります。悪夢と呼ぶべき悲惨な事実を知らなかった自分も愚かでした。
http://www.albatros-film.com/movie/saraebo/詳しくはサラエボの花の公式ホームページを読んで欲しい。予備知識があったら、おそらく観ることを拒否したかもしれません。知らないからこそ観れたのですが、映画を観ることによって知ることが出来た真実でした。エスマやサラのような人たちが現実に、今なお存在するという事実が、重く尊いのです。目を塞がずにこの映画はもっと観られるべきだと思いました。
Grbavica “グルバヴィッツァ”(原題)とは地名で、戦争中セルビア人勢力に制圧されていた一帯。語源でいうと“こぶのある女性”という意味はエスマにぴったりで、演じた女優さんが等身大に撮られていることで作り話ではない迫るものを感じました。
エスマは中絶しなかったのではなく、出来なかったんだと思います。この内戦のことを取り上げた番組を見たことがありますが、産ませる事が目的だったので、中絶できない時期まで監禁していたはずです。
どこまでも罪深い出来事ですよね・・・。
教えてもらって本当にありがとう、ありがとう!
どうして中絶しなかったのかが気になって続けて2度も観た映画でした。やっと謎が解けて、素晴らしい映画だと改めて思います。すぐ加筆できて本当に良かった!記事にしたおかげですよね。そしてそれを読んでもらったから知ることが出来たのです。
続けて二度も見たんですか。暴力描写はないとはいえ、重い作品を・・・。それほど訴えかける作品なんでしょうね。
まだ観る勇気はないけれど、いつか観られたらいいなぁと思います。
解らないからと捨て去ることのできない映画でした。エスマとサラをもっと知りたいと思ったの。エスマの穴があいたような空ろな目。直接的な酷いシーンがないからこそ訴えかけてきました。
背景を知り、彼女ら親子はきっと乗り越えられると信じられるようになりましたよ。
最後の最後の、あの二人の表情と、その描き方で、この映画には「希望」を見いだせると思ったし、bambooさんの仰るように、彼女ら親子はきっと乗り越えられると思いました。
私は、あの戦争で一番ひどいことしたのは、国連軍だと思っています。
この映画などの、その出来事は「敵のキャンプ」で、なされた事だけど、国連軍は中立を装って、両方の女性を連れてきて閉じ込めて、そういう事をしていたのですから・・・。
>エスマやサラのような人たちが現実に、今なお存在するという事実が、重く尊いのです。
エスマは赤ん坊を見て手放せなくなった普通の母親だと思うし、育てるためにはどんな事も頑張るし、恋も出来ない事はない心を持っているのだし、
サラはココが踏ん張りどきで、髪を切って、全部自分の中で整理付けて、何故産んだ?ではなく、産んでくれて有難うと言える子だと思います。
甘い見方かもしれないけど、この映画は反戦というよりは(もちろん反戦も感じますが)人間は前を見て生きるのだ!!!という感じを受けました。
おばさん、なんて、一番何も知らないくせに口だけ出すヒト、ひっこめ~!と思いました。
この日を選んで観賞されたとはさすがにmiriさんだこと!
>この映画などの、その出来事は「敵のキャンプ」で、なされた事だけど、国連軍は中立を装って、両方の女性を連れてきて閉じ込めて、そういう事をしていたのですから・・・
国連軍が!!!
とんでもないことを考えつく軍部の発想。
何て愚かで非道なことを!!!
言葉を失ってしまいました。
15日特集番組に編まれた特攻隊の記録証言や上層軍部の取った行動などを見るにつけ、腹立たしくて憤りを覚えます。抗うことができなかったのも、仕方がないですまされたことも・・・。
>この映画は反戦というよりは(もちろん反戦も感じますが)人間は前を見て生きるのだ!!!という感じを受けました
彼らに間違ったと認めさせるには、エスマやサラが下を向かずに、自分らの人生を謳歌して生きることだと、私も思いました。
あの叔母さんのような人もたくさんいるだろうけど、用心棒さんや親友の女性のような人もいて救われました。サラの友達の男の子も、何も聞かずに一緒にいてくれて、きっとあの母子は前向きに生きていけるだろうなぁと希望を持てるおわり方が良かったです。
遠い空の向こうには先ほどTBしていますのでよろしくね。
>bambooさんとmiriさんに観る勇気をもらったおかげで、素晴らしい作品を観る事が出来ましたよ。ありがと~!
私こそ、記事にした時知らなかった重要なコメントをもらっていますよ(*^_^*)。
もっともっとたくさんの人に観てもらい映画ですね。