ー “ 皿 洗 い ” ま で 8 年 ー
夕食。
食べ終わって箸をおく。茶が出てくる。黙って茶を取り、向こうの部屋に行って新聞を見る。次の日も、次の日も・・・。こんな無言劇を演じて約7年。
ところが8年目のある日、箸を置くと、どうした訳か「皿でも洗うか」とつぶやきながら流しに立った。家内がびっくりしてこちらを見た。そして笑った。
今どきの若い者は、「そんなこと当たり前」と言うかもしれない。ところが私など爺さまにとってはどうしてどうしてこの単純な作業が難しいのである。
なぜかというと、食卓と流しの間に大きな障害物がある。いわゆる “ 男の沽券 ” である。広辞苑によれば「沽」は売る意であり、ここから沽券は人の値打ち、体面という意味が出てくる。
必ずしも男は女より偉いと言っているわけではない。男には男のやるべきことがあり、女には女のやるべきことがある。
食事のあと、皿を洗うことは男のやることではないと思っていた。今でもそう思っている。沽券にかかわるのである。
ところがこともあろうに大事にしていた沽券が家内の笑顔でどこかへ行ってしまった。今では皿を洗う回数が増えて半ばこちらの仕事になっている。
笑顔と涙は女の武器。用心が肝要。