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防空識別圏設定から見る習近平の焦燥〔2〕

2013-12-14 17:54:45 | 国際経済
防空識別圏設定から見る習近平の焦燥〔2〕トラブルの解決を地方政府に丸投げ◆

 習近平政権が誕生して以降、「和諧社会」のスローガンが消え、富国強兵を目的とする「中国の夢」「中華民族の偉大なる復興」といった民族主義を煽るスローガンを唱えるようになった。「弱者たちは切り捨てられた」と感じる陳情者が多い。2013年になってから「陳情評価制度」は実質的に廃止された。新最高指導者のなかに、温家宝氏のようなパフォーマンスをする人もいなくなった。

 今回の三中総会後に発表されたコミュニケ(広報)のなかでは、陳情制度の改革についても言及しており、「地元で解決するシステムの構築」が強調された。具体案は不明だが、中央政府は今後、地方からの陳情者を受け付けなくなり、トラブルの解決を地方政府に丸投げするとも読み取れる。

 近年、多くの陳情者が北京に集結し暴力事件を起こすなど、北京の治安当局の圧力は毎年のように大きくなったことが背景にある。習近平主席は10月ごろから、各地方政府に対し、社会矛盾の緩和について「楓橋経験を学べ」と指示している。1960年代に浙江省の楓橋という小さな町の政府が、地元のさまざまなトラブルを上級政府に迷惑をかけず、すべて自力で解決したことを当時の毛沢東主席に高く評価された経緯がある。

 習主席は死語となっている楓橋経験という言葉を50年ぶりに持ち出し、「トラブルを地元で解決するシステム」を強調したのは、北京に集まる陳情者の数を減らそうとした狙いがあると指摘される。しかし、陳情者を応援する北京のNGO関係者は「陳情者たちは地方政府に対する不満があるから北京に来ているのであって、トラブルの当事者に問題の解決を任せるようなやり方は、逆に対立を激化させる」と指摘している。

 また、三中総会後に発表された陳情制度改革のもう一つの目玉は「インターネットにおける陳情受け付けの実施」だが、これに対し陳情者たちの反応は冷ややかだ。農地を地元政府に強制収用され賠償金をもらえなかった遼寧省の女性は、「私たちが毎日のように役所の前で土下座しても問題は解決しないのに、ネットに書き込むだけなら彼らは無視するに決まっている。役人を楽にさせるだけだ」と話している。


◆高圧姿勢は自信のなさの裏返し◆

 習主席が高圧的な姿勢を取っているのは少数民族と陳情者だけではなく、自由派、改革派知識人もその対象となっている。米国に本部を置く国際人権団体の統計によると、2002年から12年まで続いた胡錦濤政権時、国家政権転覆扇動罪などの容疑で投獄した政治犯、思想犯は10年間で計66人いた。これに対し、習近平政権が発足してから1年で、拘束者はすでに200人を超え、胡時代の約3倍を数えた。

 しかも胡錦濤時代に逮捕されたのは、2010年度のノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏のように、共産党一党独裁体制を批判する活動家が多かったが、習時代になってから、共産党政権を否定しない温和な体制内改革派も弾圧の対象となった。

 共産党幹部の資産公開を求める署名運動を展開した北京郵電大学の講師、許志永氏とその仲間、計16人が8月までに全員拘束された。翌月に許氏の活動を応援した著名な投資家、王功権氏も、公共秩序を乱した容疑で北京の公安当局に逮捕された。許氏と王氏はいずれも著名人で、政府に反対せず、理性的な行動で法治や民主、人権擁護などをめざす新公民運動を提唱していた。

 習政権の一連の強硬政策は、共産党一党独裁体制の強化を図るためであり、その政治的手法も毛沢東を真似したものと指摘されている。毛沢東時代の「反腐敗」「反浪費」などの政治運動も最近になって復活した。

 習近平氏の父親である習仲勲元副首相は、中国の改革開放に大きく貢献した改革派で、毛沢東が主導した文化大革命中に激しい迫害を受けた人物である。習氏が父親の政治スタンスと一線を画し、その“敵”である毛沢東の継承者になろうとしている背景には、毛沢東の威信を借りて、自らの支持基盤である軍と保守派を固め、政権の求心力を高めたい政治的な打算があると指摘される。

 習政権が強権政治を進めるもう一つの理由は、強いリーダーを演出し、自身の政権基盤の弱さを補強したい思惑がありそうだ。習氏に近い共産党筋によれば、各派閥間の妥協によって最高指導者に選ばれた習氏はいま、江沢民、胡錦濤両氏が率いる二つの大きな派閥からにらまれている。政権中枢に習氏の側近が少なく、もっとも支持を頼っているのは強硬派といわれる軍や保守派であり、いまの政権運営はその意向を強く反映している。

 習政権が誕生して1年近く経ったが、成果といえるものはまだ何もない。株価も景気も低迷し、外資が次々と中国から引き揚げ、多くの地方政府は財政破綻の危機に瀕している。物価も高騰し、北京を中心に中国北方で空気汚染などの環境悪化が目立った。

 外交面では対米や周辺国との関係が一向によくならず、中国包囲網が完成されつつある。習政権が国民に対し胸を張って自慢しているのは、沖縄、尖閣諸島に定期的に公船を派遣し、日本に対し強硬姿勢を続けたことだ。「国際秩序を挑発する行為」と一部の改革派から批判されているものの、中国の世論、とくに若者を中心としたネット世論の支持を受けている。

 11月23日、習政権は国際社会や周辺国への事前の説明なく突然、東シナ海で防空識別圏を設定したのも、こうした世論に迎合する狙いがあるといわれている。朝鮮半島の南側から台湾の北側、日本の南西諸島に沿うように設けられた中国の防空識別圏は、日本の防空識別圏と多くの部分が重なり、自衛隊や在日米軍が日頃の訓練や演習を行なう空域が含まれている。中国国防省は、圏内に入る飛行機に対し飛行計画を中国側に事前通告することを義務付けたうえで、「不審機に対し中国軍は緊急措置を取る」と語っているから、穏やかではない。

 北京に駐在する欧州の外交官は、「北東アジアの軍事的緊張はこれで一気に高まる。中国政府は火遊びをしている」と中国を批判している。中国の防空識別圏設定後、日本、米国、韓国、台湾などから「覇権主義」などとの批判が上がっているが、中国は「防空識別圏の設定は中国の権利」と主張。強気な姿勢を崩していない。

 防空識別圏の設定で中国の外交環境はさらに悪化し、孤立が深まったが、「いま、習政権は国内をまとめるのに精一杯で、外交環境を改善するゆとりはない」と共産党関係者が証言している。

 「防空識別圏は、習政権が軍の支持を固めるための手段だ」と別の党関係者が指摘する。「空軍の同空域における活動範囲は以前の12倍に拡大した。防空のミサイル部隊の装備も補強される。2014年の予算の大幅拡大が予想され、軍幹部たちは大いに喜んでいる」と指摘している。


◆権力闘争の弾みで尖閣諸島の急襲も◆

 中国政治を研究する北京の学者は、「習主席はいま、軍と保守派、治安機関の支持を固めつつあるが、逆に知識人や改革派には政権への失望感が広がっている」と話す。

 中国共産党政権はいま、軍と警察機構をしっかり掌握しているため、最近の一連の弱者の反乱が直ちに政権崩壊につながることはないと見る人が多い。しかし、党内の権力構造に影響を与える可能性は大きいといわれている。習政権が特権階級、国有企業を優先する政策を主導しているため、一般庶民の生活は苦しくなり、人権状況も悪化している。「1年前と比べて、国民のあいだで習主席の人気が落ちはじめた。改革派への支持が高まりつつある」と指摘する党関係者もいる。

 暴力事件が相次いで発生したことは、習主席が主導した高圧政策が裏目に出たかたちとなった。政敵に口実を与え、習主席にとって大きな痛手となったことは否めない。三中総会と前後して、習主席と距離を置く改革派の温家宝前首相や汪洋副首相らは地方視察や外国要人との会談を積極的にこなし、活動を活発化させている。

 汪副首相は11月19日、訪中した日中経済協会(張富士夫会長)とも会談し、日本との経済交流の大切さを強調した。これまでの習政権の対日姿勢と一線を画した行動として国内外で注目された。

 2014年3月の全国人民代表大会に向け、改革派が習主席に近い張春賢新疆ウイグル自治区書記に対し一連の暴力事件の責任を問う準備をしているとの情報もある。張氏の更迭が実現すれば、習近平氏はさらに求心力が弱くなるとみられる。共産党内の事情に詳しい関係者によると、党内で習氏の政治、外交、経済政策に対し大きな不満をもつ人が多い。政権発足してからまだ間もないという事情もあり、いまは静観している。今後、習主席が大きな失敗をしたとき、改革派が一気に政権の主導権を奪う動きに出てくる可能性があるという。

 内政、外交の足並みがそろわず、権力闘争が激化する可能性をはらむ中国にとって、日本との外交は重要テーマではない。日本がいますべきことは、中国国内の混乱に対応できるようにしっかり準備することだ。権力闘争の弾みで尖閣諸島を急襲攻撃するスキを与えないように、法整備を含めて尖閣防衛体制を急いで構築するほか、日米同盟を再び強固なものにすることが大事だ
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