昼休みの社内は、演出家多嶋の話題で持ちきりであった。
夕べの階段の怪談。
そんなタイトルまでついていた。
多嶋は夕べの出来事を、面白おかしく怖く、話を盛っていたのだ。
演出はお手の物だった。
触発された私は、先日のトイレの出来事を皆に話して聞かせた。
さらに話題はエスカレートしていった。
妙な出来事に遭遇したと云う話が、同僚の間からつぎつぎと出てきたのだ。
そして
「みんなで、もう一度確かめてみよう」
と云う事になった。
劇団の稽古が終わり、夜の9時になった。
「そんなことに付き合ってられないよ」
という人は除いて、総勢12人。
ぞろぞろと稽古場へ向かった。
これだけいると怖くない、
がやがやとしながら、稽古場の2階へ上がって行った。
「こんなに騒いでいると、出るものも出ないんじゃないの?」
誰かが言った。
唇に人差し指を縦に当てて
互いに「シー・シー」・・・・・・・と、やりあう。
2階のトイレを通り過ぎ、足を忍ばせ一番奥の稽古場へ入った。
「いつ出るの?」
蕎麦の出前じゃないんだから「今出ました」とはいかないよ
皆、口々になにやら言葉を発する。
騒がしくはしゃいでいた。
どのくらい時間がすぎた頃だったろうか、
私たちは一斉に静まりかえった。
誰もいないはずのトイレの水洗の音が聞こえたからだ。
小声でそれぞれが、「お前が最初に見に行けよ」
と言い合っていた。
同僚のひとりが「じゃ、俺が見てくるよ」
と言ったのにもかかわらず、
私の腕を取り、背中を押して私を盾にして稽古場から出ようとしたのだ。
「ちょっと待って待って」
私はすばやく、体制を入れ替えた。
すると、再びトイレから水を流す音が聞こえてきたのだ。
たったそれだけで、全員が背中を押しあう
混乱状態
に陥った。
「みんなで見に行こうって言ったんだから、みんなでいこうよ」
一塊と化した怖がりの12人の集団は、恐る恐るトイレに近づく。
その時トイレからドアの閉まる音が聞こえた。
次の瞬間
口々に何かを叫びながら奥の稽古場へ皆舞い戻っていた。
・・・・・・・・・・息が整うまで恐怖でひきつった笑顔で、
皆ごまかしあっていた。
「小西はどこだ?」
誰かが言った。
互いの顔を確認したが、小西は居なかった。
「やっぱ、帰ろうよもう・・・」
誰かが小声で言った。
その時
窓からカチッといって小石の弾かれたような音がした。
中にいる私たちはさらに震え上がった。
小声で
「お~い・お~い」
と窓の外から小西の声がする。
あの時、トイレの前の階段から転げ落ちるように一人逃げていた小西は、
下の道から私たちのいる稽古場の窓に向かって。
小石を投げたのだった。
ひとりの同僚がそれに気づいて、窓を開けると、
小西が、窓のわきの電柱を指さして手招きをしていた。
窓を開けた同僚は、
「此処から逃げようよ、電柱伝って降りれるよ」
と言いながら皆に向き直ったその時、
またも、トイレから水洗の音がしてきた。
私たちは一斉に窓に駆け寄り
「危ないよ・危ないよ」
と言いつつ我先にと窓から電柱へ・・・・・・・・
そして
結局トイレの怪談、
階段の怪談は、
何も解決しないままだった。
みんな、こんな腰抜けでよいのだろうか。
つづく?